第16章 前夜は月夜の図書室で

「……お前らは、こう言いたいんじゃな？ 調査兵団の馬は壁外調査の遠出でこき使われているのにみすぼらしいエサで可哀想。憲兵団の馬は大して走りもしないのに豪華なエサで幸せじゃと」

「そそ！ そのとおり！」「やっぱ親方はわかってるんだなぁ！」

喜び合うサムとフィルは、

「馬鹿もん！」

とヘングストに一喝されて、目を白黒させた。

「お前らは馬丁見習いからやり直すんじゃな！ なんもわかっとらん。そんな馬鹿げたことを言うなんぞ馬を大事にしとらん証拠じゃ！」

「いや、親方！ 俺はここの馬が可愛いから憲兵団との差に腹立ってるんですぜ？」

顔を真っ赤にして反論するサムに、ヘングストは短くため息をつく。

「……よく考えるんじゃ。気の毒なのは憲兵団の馬なんじゃぞ」

ヘングストは持っていた干し草用の四本爪のピッチフォークを地面に突き刺すと、静かに話し始めた。

「馬の胃は、四つもある牛と違って一つしかないのはわかっておるな？ おまけに容積が小さく構造上、吐くこともできぬ。運動不足でカロリーも消費していないところへ、トウモロコシに大豆、人参や林檎に大量の塩やはちみつをぶっかけた濃厚飼料を毎日与えられる馬の身になってみろ。風気疝(ふうきせん)や過食疝(かしょくせん)、ひいては腎炎からの尿毒症で死んでしまう。わしが憲兵団の厩舎の…」

語っているうちにヒートアップしてきたヘングストを、サムが恐る恐る遮った。

「あの～ 親方。風気疝ってなんでしたっけ？」

「ばっかもーん！ お前はそんな基本的なことも忘れとるのか！」

「やっ、いや難しい言葉が覚えられなくて…。過食疝は食べすぎで胃がふくれるってのは、なんとなく覚えてるんだけど…」

「はぁ…。過食疝をわかっとるだけよしとするか、お前の場合。フィル！ 風気疝とはなんじゃ？」

いきなり話を振られたフィルは、ヘングストの剣幕に怖気づきながら答えた。

「ふ、風気疝は、腹にガスが溜まっちまうやつです」