第16章 前夜は月夜の図書室で
「ほれサム! もっと丁寧に混ぜんか!」
ヘングストに叱られたサムは、口を尖らせた。
「へい…」
「なんじゃ、その口の利き方は! 明日はな、壁外調査なんだぞ。馬たちのコンディション次第で成否も決まってくるんじゃ。しっかりやらんか!」
「すんません」
しゅんとしてサムは大きな桶で混ぜていた飼い葉をじっと見つめる。
「親方、俺… 納得いかないっす」
「何がじゃ」
「こいつと憲兵団に研修に行ったとき…」
フィルの方にあごをしゃくる。
サムとフィルは二か月前に、憲兵団の騎馬隊の厩舎に一週間ほど交流研修で行ったことがある。
「こことの差にびっくりしちまって…」
桶に手を突っこみ、飼い葉を掴む。
「ここは… 調査兵団は、命を懸けた壁外調査の前日にだけ飼い葉が少しマシになる。そう… “マシ” になるだけ」
飼い葉を掴んだ手をぱっとひらくと、はらはらと干し草がこぼれ落ちた。
「憲兵団の飼い葉には毎日人参も林檎も当たり前のようにたんまり入っていた」
今サムが見下ろしている飼い葉桶には、人参も林檎もぱっとすぐに数えられるくらいの量しか入っていなかった。
「トウモロコシや大豆も使われていたし、塩だって…。塩なんか俺たちだってふんだんに使えねぇのに」
ひらいた手を再びグッと握るサムを見ながら、今まで黙って聞いていたフィルも言い添える。
「塩も… はちみつもかけ放題だったもんな」
「それがどうしたって言うんじゃ」
ヘングストの冷たい声色に、サムは顔を赤くした。
「だって親方! 憲兵団の馬なんか遠出する訳でもねぇ。かぽかぽと街ん中歩くだけでスタミナも要らねぇのに、毎日あんな豪華なエサ食べてよ…」
フィルも同調する。
「それな! 調査兵団の人間のメシより憲兵団の馬のエサの方がいいんじゃねぇって話」