第16章 前夜は月夜の図書室で
「初めてだからちょっと怖い気もするけど… でもそんなこと言ってられないし、やるときはやらなくちゃね!」
首すじにあるアルテミスの好きなツボを刺激してやると、ヒヒンと声を漏らしながら目を閉じている。
気持ち良さそうにしている愛馬の様子をマヤは嬉しく思いながら、しばらくマッサージをつづけた。
首から背すじ、腹に後ろ脚を丁寧に撫でたり揉んだりしてやっているとあっという間に時間は過ぎていく。背の低いマヤは背伸びをしながらアルテミスの手入れをしたこともあって、いまや全身の疲労感が甚だしい。
ヘングスト爺さんが敷いた寝わらがマヤを誘う。
……気持ち良さそう…。ちょっとだけ横になろうかな…。
「ねぇ アルテミス。一緒にお昼寝してもいい?」
ブヒヒヒン、ブルッブルッ。
まるでマヤの言葉がわかるかのように、アルテミスは寝わらを抱えこんで眠るいつもの姿勢を取った。
「ふふ、ありがとう」
大きなアルテミスに寄り添うように横になると、一気に睡魔が押し寄せてきた。
「……おやすみ、アルテミス…」
マヤがアルテミスと一緒にすやすやと寝息を立てていたころ、厩舎の外では。
ヘングスト爺さんと、その弟子のサムとフィルが夕飼いの準備にせっせと励んでいた。
夕飼いとは、夕方に馬たちにやる飼い葉のことだ。朝にやるものは朝飼いと呼ぶ。
普段の飼い葉は干し草を切り刻み、燕麦(えんばく)と小麦の皮であるふすま、油かすを混ぜて作られている。
しかし壁外調査を明日に控えた今日は、特別メニューだ。
通常メニューの材料に、人参や林檎が加えられる。そして高級品でなかなか使うことのできない塩も。