第16章 前夜は月夜の図書室で
「いや…、あの…」
顔を赤くして口ごもっている目の前の男は、ザック・グレゴリー。同じ西方訓練兵団出身の同期だ。
訓練兵時代は話すこともあったが、調査兵団に入団してからは所属する分隊が違うこともあり、会えば挨拶を交わす程度だ。
「……ん?」
「け、結構、久しぶりだよな?」
「え? ……あっ うん、そうね」
ザックと話したのは…、あれ? いつだっけ。
この間の壁外調査より前…。本当に久しぶりだ。
「それで…。マ、マリウスのことなんだけど…」
「うん」
……マリウス?
突然出されたマリウスの名にマヤは内心驚いた。
一体なんだろう…?
そう思ってつづきを待つが、ザックは何か言いにくそうな様子で下を向いている。
「あの… ザック? マリウスがどうしたの?」
ザックの顔を覗きこむようにしてマヤが訊いた瞬間、二人の背後のカウンターから怒声が飛んだ。
「おい! 食器を返すんなら早くしろ。そんなところでグダグダされると迷惑なんだよ!」
振り向けば、真っ白なコック服に身を包んだジムが腕組みをしてカウンターの向こうに立っている。
「ご、ごめんなさい!」
マヤは慌てて持っていたトレイを返す。
「……ごちそうさまでした」
じろっとマヤを一瞥すると、ひったくるようにトレイを奪って厨房に行きかけたが何を思ったのか戻ってきた。
カウンターからぐいっとその大きな体を乗り出すと、ザックを睨みつける。
「おいお前、こいつに何か言いたいことがあるんだったら俺も聞いてやるから早く言え」
「い、いや… 僕は…」
「どうした坊主」
ジムに凄まれて縮み上がったザックは、すみませんでした!と叫んで食堂を出ていってしまった。