第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「お顔を上げてくださいませ。湯の他には何もない小さな宿ですので、どうぞお楽になぁ」
タキゾノが言えば、
「そうじゃ、湯だけはどこにも負けませんでなぁ」
カズオも得意そうにうなずいた。
「確かに湯けむりがすごかったです。ねぇ兵長?」
「あぁ、通過してきたイカホの他の宿とは比べ物にならねぇ量だった」
自慢の湯けむりを褒められて、タキゾノは嬉しそうだ。
「ここは源泉がすぐ裏にあるんです。よそさんは木の管で湯を引いて分け合っているから湯量も少ないし…」
つづきはカズオが受け持つ。
「いくら保温性のある赤松の木をくり抜いて作った管で引いてるとはいえ、どうしたってここから離れれば離れるほど湯の温度も冷めるでなぁ。その点うちは源泉の上に建っているようなもの。湯量が有り余っているから源泉かけ流しで、温度も火傷しそうなくらいに熱々ですなぁ」
「そうなんですね! すごいです!」
素直に称賛してくれるマヤの反応が嬉しくて、笑顔でタキゾノは応接ソファに案内した。
「ただいまお茶を淹れますので」
奥の部屋に消えたタキゾノを見送ってから、カズオがゆっくりと宿帳を差し出した。
「ご記入をお願いできますかな」
さらさらと流れるように筆を運ぶリヴァイの手先をマヤは眺めていた。
……指、長いなぁ…。
細くて骨ばった指に見惚れていると、記入が終わったリヴァイにどうした?といった顔でじっと見つめられた。
「……素敵な万年筆ですよね」
指が綺麗だと思って見つめていたとは恥ずかしくて言えなかった。
「そうだな…」
リヴァイは手にしている少し軸の太い万年筆に目をやった。
「手に吸いつくようで書きやすかった」
渡された万年筆はマヤの手の中で確かに、しっとりと吸いつくような感触だ。
「ほんとだ…、なんだかしっとりしています。重さもちょうどいいし、この模様も綺麗だわ」
美しい木目が、さらにマヤの気を引いた。リヴァイの指先に見惚れていたのを隠すために話題にした万年筆だったが、今や本当に素敵だと思い、気に入ってしまった。
「それは椿ですなぁ。椿はなめらかなすべすべとした木肌で、磨けば光沢が出ますし、何に加工しても重宝しますでなぁ。ここら一帯は昔から椿が多く植わってますでなぁ」
カズオの笑顔も椿のように光り輝いている。