第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「マヤと一緒に故郷を歩いているなんて夢のようだわ!」
ペトラの声がはずんでいる。
そう、全周遠征訓練もいよいよ終盤を迎えた調査兵団は今、ペトラとオルオの故郷であるカラネス区に来ている。
二日前にユトピア区を出発した一行は、その日の午後から降り出した雨に追われながらも、ひたすら任務を遂行して馬を走らせた。
全周遠征訓練は壁の目視点検を兼ねてはいるが、遠征の名のとおり調査兵団にとっては馬の訓練である。
壁外調査においては降雨だからといって、中止したり休憩したりすることは許されない。
だが馬は、雨に影響を受ける生物である。
走行面においては水分を含んだ地面がやわらかくなって、ひづめが沈みこむ。スピードも落ちるし、何より怪我を誘発する事態にもなりかねない。雨は馬の視界を悪くし、多分な湿気で呼吸も苦しくなる。
また降雨は馬の集中力を容赦なく奪う。視界不良、湿気による息苦しさ、ぬかるみによる足場の悪さ、泥の跳ね返りや激しい雨音、さらには雷が鳴ればパニックにおちいる馬も少なからずいる。
したがって遠征訓練中に雨が降ってきた場合は、これを好機ととらえて馬を走らせるのである。
そういう事情で雨のなか馬を日没まで走らせた結果、全員がずぶ濡れの状態になってしまった。
野宿するのも厳しい天候だったが、ちょうど小規模の集落にたどり着いた。
昔は数軒あったその集落は、今では一軒しか人が住んでいなかった。ずぶ濡れで通りかかった調査兵団を見かけた主人が、ぜひにも泊まっていけと言ってきかない。
厚意に甘えて宿を借りた。比較的大きな家とはいえ、こちとら総勢八人の大人数。二つの部屋に四人ずつ分かれての雑魚寝だ。幸い馬たちは、大きな納屋小屋で体を休めることができた。
そのような状況であったため、ペトラはマヤにまだ何も話せていなかった。
ユトピア区の駐屯兵団の便所での出来事を、早くマヤに話したい。でもその機会がない。
徐々に高まる苛立ちを抱えて。
ろくにマヤと言葉を交わすことなく雑魚寝のまま朝を迎えた。
すぐに馬に乗って出発だ。
次の宿泊地では、ゆっくりマヤと話をする時間はあるだろうか?
そんな疑念から眉間に皺を寄せてアレナの手綱を握っていたペトラだったが、日没までにカラネス区に到着して笑顔になった。