第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「わかってるわよ、そんなこと」
一方ペトラも、サビの家に泊まった夜にリヴァイとマヤの抱擁を目撃している。当然、二人の親密な時間を邪魔しようなどとは思っていない。
だから今夜はこれ以上マヤの居場所を追求するのはやめよう。
宿の部屋は、オーナーの厚意でシングルの個室だ。
“調査兵団の皆さん!? まぁまぁこんな北の田舎までお勤めご苦労様でございます。狭い部屋で申し訳ないわ。ちょうど今夜は空いておりますので、おひとり様一部屋をお使いになって!”
宿の女主人の甲高い声がペトラの脳内で再生された。
……今日の宿はマヤと別室だし、兵長が連れ出したんだったら帰ってくるのも遅いだろうし、今夜はあきらめた!
「なんか疲れた…。宿に帰ってもう寝るわ」
「それがいいだろうな。ラム肉の食いすぎで腹壊してんだから」
「は? なんでよ!」
「だって便所からなかなか帰ってこなかったのは、そういうことだろ?」
「違うわよ!」
「へ? じゃあ何やってたんだ?」
「それは…」
……オルオの悪口を言ってる女子がいたからじゃない…!
それなのに何よ、ラム肉の食べすぎでおなかを壊したですって…!
イラっとして目の前のオルオを睨みつけてみれば、幼少時から変わらない皺だらけの顔がそこにある。
「あはは…」
「何がおかしいんだ?」
急に笑い出したペトラを不思議そうに見ているオルオに怒ったところで仕方がないと、なんだか馬鹿馬鹿しくなってくる。
「怒っても怒らなくても、オルオの顔が皺だらけなのは変わらないもんね!」
「は? 何言ってんだ? やっぱラム肉の食いすぎでおかしくなったんじゃねぇの?」
「いいから行こう!」
「どこに?」
「宿だよ。早く帰って寝よう!」
そう笑って食堂を先に出ていくペトラの背中を見つめて、オルオはつぶやく。
「……寝ようなんて、簡単に言うなよ…」
そういう意味でないとわかってはいるが、やはり恋焦がれている女の口から出るとドキッとする “寝る” という言葉。
……本当に俺のこと、なんとも想ってないんだよなぁ…。
そう思って肩を落とすオルオ。
だが実は意外とそうでもないことを…、なんとも想ってないという訳ではないことを、このときはまだペトラもオルオも気づかずにいた。