第30章 映る
その後、ベンの願ったとおりに皆は、好き勝手に親睦を深めていった。そろそろ適当なところで頃合いを見計らって解散しようという時間に夜も更け。
「ごめん、ちょっと…」
すっかり打ち解けた取り巻きの駐屯兵に手を合わせて、席を立ったのはペトラ。
食堂を出て向かったのは便所だ。
……どこかな?
話しこんでいた男子兵士たちに手洗いはどこかと訊くのも気恥ずかしく、適当に廊下を歩いていけば見つかるはずと見切り発車で食堂を出たものの、なかなか見つからない。
……どうなってんのよ! 食堂のそばにないと困るでしょ。
イライラしながら進んでいくと、ようやく発見した。
実は出て左に進めば、すぐにあったのだが、運悪く右に行ってしまったため、なかなか見つけられなかったのだ。
この食堂から少し離れた、通常では客の立場の者が利用しないであろう便所に入ったことが、ペトラの意識を変えることになろうとは。
個室に入り用を足し終え、いざ出ようとしたところに、わいわいがやがやと騒がしい人数が便所に入ってきた気配がする。三人か四人か、正確にはわからないが、もしかしたら五人なのかもしれない。
とにかくグループと言って差し支えのない人数の女子が、この奥まったところにあるトイレになだれ込んできた。
そして何人かは個室に入る音がして、残りは個室には入らず鏡の前でおしゃべりを始めた。
一番奥の個室に入っていたペトラは、最初の段階で出ていくタイミングを失い、そのまま立ちつくしていた。
……なんか出ていきにくくなっちゃったな…。まぁいっか、みんながいなくなるのを待とう。
こんな狭い空間で、言葉を交わしてもいない相手、それも一対一ではなく相手は複数人だと、わざわざ出ていって無理に会話するのも面倒くさい。しかも自身は今、「リヴァイ班の一員」として注目を浴びている身。
ペトラが便所にやってきた女子の軍団を、個室で息をひそめてやり過ごそうとしたのは無理もない話だ。
そしてペトラはもちろん女子駐屯兵たちの尽きぬおしゃべりを盗み聞きする気などは全くないのではあるが、立ち去るまで待とうという行動は、ペトラの意思とは関係なく、結果として彼女たちの話の内容を立ち聞きすることになってしまった。