第30章 映る
「そうだとしても、わざわざアレッポラの料理までそろえる必要があるの?」
「アレッポラの絶品ラム肉料理を久しぶりに会った同期とその仲間に食べさせたいと思うのは、普通だと思うけどな~」
プリシラと話しているうちに段々といつもの調子を取り戻してきたベンの声は、もう震えてはいない。
「何をそんなにカリカリしているんだよ、プリシラ?」
はるか年上に見える先輩兵士に対して、もう完全に対等… どころか上から目線にすらなっているように見える。
「だって…!」
いつの間にやら立場が逆転して、今度はプリシラの声が震えている。
「だって隊長が言ってたんだもん! ベンが調査兵との親睦会をひらくために必死だったって。あれはよっぽどの理由があるんだろうって。だから急いで来てみたら、下心があるとかないとか、可愛いのは仕方がないとか言っていたじゃないか!」
プリシラの顔は完全に嫉妬に狂った女のそれである。
「なんだ、そんなことを気にして怒ってたの? 馬鹿だな、俺が一番可愛いと思っているのは誰かなんて、君が一番わかってるはずだろ?」
そう優しくささやきながら、ベンはプリシラのかたわらに立ち、肩を抱く。
「だって…、そこの彼女は美人だし、あの子だって可愛いし…!」
そこの彼女はマヤ、あの子はペトラを思いきり指さすプリシラ。
「そうなんだよ、彼女が俺の訓練兵時代の同期でマヤ。美人だろ? 俺もそう思うけど、ラブラブの彼氏がいるんだ。で、あの子はペトラ。あんなに可愛い顔をしてリヴァイ兵長直属のリヴァイ班なんだぜ? すごいだろ?」
「ええっ、リヴァイ班?」
「あぁ、可愛いし強いし最高だよな? でも俺が最高だと思うのはマヤでもペトラでもない」
「……誰?」
「馬鹿だな、そんなこと言わなくてもわかってるくせに」
こういったやり取りがえんえんとつづく。
ベンに肩を抱かれたプリシラの仁王立ちはいつしか内股になって、すっかり恋する女の顔になっている。
「……ハンス、もしかして二人は…」
こっそりハンスにささやいて訊いてみれば、予想したとおりの答えが返ってきた。
「そう、れっきとした恋人同士」
「やっぱり…」
「感情の起伏が激しいプリシラをうまく扱えるのは、ベンしかいないから」