第30章 映る
「今日は調整日じゃなかったっけ?」
努めて平静を装っているベンだが、声が震えている。
「そうよ、調整日。だから店を手伝ってたらシムズ隊長が、超VIPを連れて飲みにきたんだよね! 誰だと思う…?」
もちろんベンはその答えを知っているが、とぼけてみせた。
……とにかく今は、プリシラを刺激しないことだ!
「……さぁ? 誰かな?」
「あの有名なリヴァイ兵長だよ!」
「へぇ、そいつはすごいな! あのリヴァイ兵長がユトピアに来てるんだ、へぇ~!」
「……それだけ?」
腕を組んで立っているプリシラの左の眉毛が、ぴくぴくと動いている。
それを見て、ハンスがマヤにささやいた。
「マヤ、食器を片づけに行こう」
ジムニーにも目で合図して立ち去ろうとしたが、見事に失敗する。
「ハンス、どこに行くの! 座ってな」
「……了解」
プリシラの一喝で、ハンスは意気消沈。ジムニーは泣きそうな顔をしている。
マヤは “一体このプリシラって人は誰なの? 何をそんなに怒っているの?” と混乱しながらも、ここは余計なことは言わない方がよさそうだと、おとなしく静観している。
「……で? それだけ?」
再びプリシラが、ベンにとげとげしい声を投げかけた。
「えっと、あぁそうだ! あのリヴァイ兵長が飲みにくるなんて、さすがプリシラの実家の店だね! 酒はいいのを置いてるし、親父さんのつくるつまみは美味いし、最高の店だもんな!」
「……そうじゃないだろ…」
思いきりプリシラの実家である居酒屋をよいしょしたつもりが、なぜか余計に怒らせている。
……なんだよ、もう! 何を怒ってんだ…?
ベンが頭を抱えていると、プリシラが答えを怒鳴りながら教えてくれた。
「ベン、あんたはお調子者だけど嘘は言わないと思ってたのにガッカリだよ! あんたはリヴァイ兵長が調査兵を引き連れてユトピアに来たことを知っている。知っているどころか、親睦会をひらきたいと熱心にリヴァイ兵長とシムズ隊長に頼んだらしいじゃないか。そして場所は兵団の食堂。おかしいだろ? いつもみんなで飲むときは、うちを使うのに」
「それは別に深い意味はないよ。いつもの飲み会と違って調査兵との親睦会だから兵団内の方がいい気がしただけだよ」
それは本当にそうらしく、ベンは胸を張って堂々と答えている。