第30章 映る
冗談ではなく結構真剣な顔でいるハンスを見て、ベンが背中をばんばん叩く。
「おい、なんだよ! 今にも調査兵団に入るような顔して!」
「……それも悪くないかなって」
そう言ってちらりとマヤの横顔を盗み見しているハンスの顔は、少し赤い。
「は? お前まさかと思うが…。おいおい、やめとけって。彼氏がいるって言ってんだから」
「は?」
ベンの言葉に、今度は羞恥心と反抗心のダブルで顔が赤くなるハンス。
「そういうんじゃないわ! ただオレは調査兵の心意気に感動しただけ!」
「そうは見えないけどな! 下心見え見え」
「なんだと! オレはお前と違って下心なんかないわ!」
「俺だって断じて下心なんかない!」
「そうか? 必死でみんなに声をかけて肉を調達したのは、マヤとペトラが可愛いからじゃないの?」
つい先ほどまで調査兵の過酷な現実に呆然としていた二人は今や、ガルルルと噛みつく威嚇の音が聞こえてきそうな言い合いをしている。
「ちょっと二人とも、喧嘩しないで」
マヤが仲裁に入ると、ジムニーも少しおどおどしながら。
「そうだよ、せっかくの親睦会なのに喧嘩なんかしちゃ駄目だよ。ベンが人数を集めて肉を調達したからこうやって…」
そう言って周囲を見渡せば、調査兵と駐屯兵が楽しそうに交流を深めている。
「兵団の垣根を越えて仲良くやってるんだから」
二人の言葉に素直に周りを見渡したベンとハンスは。
「……そうだな。みんな楽しそうだ。ベン、お前のおかげだわ」
「ハンス、下心とか言って悪かったな」
「いいって」
「下心はなくても、マヤとペトラが可愛いってのは合ってるけどな!」
仲直りをしたかと思えば、すぐに調子の良いことを言うベン。
「ホントお前はずっとその調子だよな、ベン」
「可愛いものは仕方がないしな、あははは!」
豪快に響いていたベンの笑い声を、甲高い女の声が遮った。
「誰が可愛いって? 下心がないって嘘だろうが!」
その女の接近に全然気づいていなかったベン、ハンス、ジムニーとマヤは、びっくり仰天して声のした方を振り向いた。
そこには見るからに年上の女兵士が、般若の形相で仁王立ち。
「プ、プ、プリシラ!」
ベンは顔面蒼白になり、ハンスとジムニーはそれぞれに無関係を装う態勢に入った。