第30章 映る
「ザックが見せたの?」
「ううん…。遺品を届けたときに、ご家族に見せてもらったの」
「そうなんだ…」
「うん…」
マヤもそれ以上は言わない。ザックに直接に告白されたことは言わない。それをここで言うことは、ザックの気持ちに添うことかどうかはわからないのだから。
マヤとジムニーの、互いのザックへの想いが静かに交差する。
そこへ、ベンも想いを乗せた。
「ザックの絵か…。綺麗に描いてもらってたか、マヤ?」
「ええ、とっても」
そう答えたマヤの微笑みは、ザックが描きつづけたデッサンそのものだった。
「そうか、きっとあいつらしい優しい絵だったんだろうな…」
そう言って微笑んだベンの顔もやわらかい。
それを見ていたジムニーは、訓練兵時代に密かに、そして熱心にマヤを描いていたザックの横顔を思い出す。
……ザック、お前の想いはきっとマヤに届いてる。良かったな…。
それぞれの想いを抱えている西方訓練兵団出身の三人を見ていたハンスは、そっとマヤを気遣った。
「マヤ、大丈夫か?」
「……えっ?」
「その…、辛くはないのか? 憲兵団や駐屯兵団に転属を考えたことは?」
「辛くないと言えば嘘になるわ。かけがえのない仲間を失うことは辛いに決まってる。でも、転属を考えたことは一度もないわ」
「オレだったら、すぐに逃げ出してしまうかも。情けないよな…」
自虐的な笑みを浮かべるハンスに対して、マヤは強く首を振って反論した。
「そんなことない。広大な壁外で山のようにそびえ立つ巨人を前にしたら逃げ出したいわ。情けないのは私も一緒よ。でも一人じゃない、ともに戦ってきた仲間がいる。巨人と戦うには心をひとつにしないといけないの。……巨人に殺されたのは私だったかもしれない。そうだとしても怖くないわ。私の想いは生き抜いた仲間が必ず貫いてくれる、そう信じているから」
力強く言葉に調査兵の誇りをこめて。マヤの瞳は光を宿して輝く。
「……強いんだな。オレも調査兵になってたら、同じことを言えただろうか」
「もちろん言っていたと思うわ」
「そうか…」
「ハンスが調査兵団に転属してもいいのよ?」
マヤは悪戯っぽい顔をして笑った。
「それもいいかもな」