第30章 映る
「あのね、マリウスは…」
いざ言おうとすると、なかなか次の言葉が出てこない。言葉ではなく涙が先に出てきそうだ。
……泣くのは違う。
ちゃんと言わなくちゃ。立派に散ったマリウスのことを。辛い訓練をともにした二人なら、きっとわかってくれるわ…。
「……マリウスがどうした? なんでも言ってみな? 聞くから」
マヤの様子がおかしいと気づいて、ベンが優しい声を出す。隣でジムニーもハンスも優しい顔でうなずいている。
「壁外調査で亡くなったの…」
「「えっ…!」」
ベンとジムニーの顔が驚きで引きつった。
「あのマリウスが…?」
ベンはマリウスの死が到底信じられない。
訓練兵団で一番優秀だったマリウスが、あの太陽のように明るく、皆の中心にいつもいて笑っていたマリウスが、もうこの世にいないなんて。
「いつ…?」
「今年の春よ…」
「そうか…、そうだよな、調査兵団だもんな…」
ベンとジムニーは遠い日を思い返した。
所属する西方訓練兵団の卒業を控えたあの日を。調査兵団団長エルヴィン・スミスが壇上で演説した新兵勧誘式のあの日を。
「確か新兵が最初の壁外調査で死ぬ確率は5割だと言っていたよね…」
気の弱いジムニーの声は震えている。
その言葉にハッとして、ベンは急いでマヤに訊く。
「なぁ、みんなは? タイラーは? トミーは? マイキーやザックは? ジュリアンとメリルは…? みんな無事なのか?」
次々と訓練兵時代の同期の名前が飛び出してくる。
西方訓練兵団から調査兵団に入団した者は23名。
「タイラーもトミーも、最初の壁外調査で亡くなったわ…。ザックはこの夏の壁外調査…。ジュリアンとメリルは…」
マヤはもちろん鮮明に憶えている仲間全員の殉死を、涙をこぼすことなくベンとジムニーに伝えた。
すべての報告を聞き終えたベンがつぶやく。
「そうか…。もう俺たちの同期はマヤとマイキーと…、あとサミュエルたちで6人しか残ってないのか…」
その声はいつものお調子者のベンとは別人のように暗く、絶望に支配されている。
そしてもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「そうか…、そうだよな、調査兵団だもんな…」