第30章 映る
盛大に舌を噛んで血をまき散らしながら馬ごと後退していくオルオを、ペトラは冷めた目線で見送った。
「馬鹿はほっといて…。今夜は野宿っぽいね」
「そうだね。さっきの休憩でタゾロさんが “ちょうど日没くらいに着く村があるけど、大勢は泊まれない” って言ってたから野宿になるんじゃないかな」
「そうなんだ。タゾロさんってこのへんの出身なんだ?」
「みたいだね。私も初めて知った」
「タゾロさんといえば、あんまりしゃべってたらまた怒られるね! 戻るわ」
ペトラは全周遠征訓練の初日に、タゾロに無駄話を注意されたことを思い出して自身の隊列の定位置に戻っていった。
地元出身のタゾロの予想どおりに、小さな集落にたどり着いたところで日が暮れた。
店も宿もない、数世帯が身を寄せて暮らす小さな村。
確かにそこでは八人もの兵士を受け入れることなどできない。
リヴァイたち全周遠征訓練の一行は、村の粗末な小屋から立ち昇る炊事の煙の見える丘のふもとで露営した。
全員が持参していた野戦糧食と水で腹を満たす。
幸いなことに露営地には水の澄んだ小さな池があり、その水を使って身体を清めることができた。
焚き火を皆で丸くなって囲んでいると、エルドがぽつりとつぶやいた。
「人のいるところに煙が上るよな」
「なんだよ急に。変だぞ」
グンタが火に小枝を投げこみながら笑う。
「いやな、ここからあの村の煙も見えただろ? そして今は目の前に俺たちの火と煙」
「あぁそうだな、思いきりバチバチ爆ぜて煙い焚き火だよな」
「それは…」
グンタに教えるのはタゾロ。
「水分の多い枝ばかりだから仕方がないな…。で、エルド。あの村の煙と俺たちの煙がなんだって?」
「煙を… というか火を使うのは俺たち人間だけだから、煙のあるところに人がいるって遠くからでもわかるだろう? だから…」
エルドは自身の言いたいことを、どうにかして伝えようとしている。
それを皆はじっと待っている。
タゾロとグンタとマヤは焚き火のゆらめきを、ペトラとオルオとギータはエルドの顔を見つめている。
独り焚き火を囲まず、少し離れた岩に背を預けているリヴァイは、村から立ち昇る煙を眺めて。
エルドはまだ言葉を探している。
そのときバチッと焚き火が爆ぜて、一段と白い煙が夜空に向かってまっすぐに昇った。