第30章 映る
一行がすっかり見えなくなってから、見送っていたサビがミケに声をかける。
「本当にいいのかい? 見守るだけで」
「………」
「あの二人の匂いを嗅げば、勝ち目がないのは馬鹿だってわかる。あきらめな」
……そんなことはわかっているさ。
苦い想いをぶちまけたくもなるが、ミケはぐっと我慢してただフンと鼻を鳴らすだけにとどめた。
盲いていようがその嗅覚ですべてを見通すサビは、無論ミケの心中も実は最初からわかっている。
図体の大きな孫を見上げて同じくフンと鼻を鳴らし返すと、あたかもそれが合図かのように二人はどちらからともなく丸太小屋に帰っていった。
サビの隠れ家のある鬱蒼とした森を抜け、全周遠征訓練の正規のルートに戻った調査兵団の一行は、かなり長い間誰一人言葉を発することなく粛々と任務を遂行していた。
予想はしていたが、壁にはこれといった異変は見当たらない。
そして馬たちもことのほか元気で、快調に走っている。
だがサビの森はかなり奥深いところにあったため、その往復に時間を取られて今夜は適当な場所での野宿になりそうだった。
マヤの前を走っていたペトラが下がってきた。
「今日はユトピアには着きそうにないね」
「そうね。もともと毒ぶゆのことがなくても、ユトピアに一気に行くのは無理があるし」
「あ~あ、なんかせっかくやる気になってんのに、盛り下がるなぁ…」
「やる気…? なんの?」
「ちょっと何言ってんのよ! マヤもやる気出してもらわないと困るんだから」
「………?」
不思議そうに黙っているマヤの顔を軽くにらみつけるペトラ。
「ユトピア区の駐屯兵との運命の出逢い!」
「あぁ…」
……冗談じゃなかったんだ…。
昨日寝る前に言っていたけれど、今日は朝からその話題には一切触れないので、冗談だったのかもしれないと思っていた。
「馬鹿みてぇな話が聞こえたけど?」
いつの間にか、マヤの後ろを走っていたオルオも来ている。
「盗み聞きしないでよね!」
「そんな馬鹿でけぇ声で喚いてんのに、盗み聞きもクソもあるかよ。ユトピアがなんだって?」
「うるさいわね、オルオに関係ないでしょ!」
「あぁそうかよ! 確かに俺は関係ないよな。駐屯兵と運命の出逢いでもなんでも勝手にやっとグアッ… ガリッ!」