第15章 壁外調査までのいろいろ
マヤが居住棟に入るのを見届けた二人は、談話室へ。
そこには一人で杯を傾けている赤毛の男が。
「アーチ!」
嬉しそうにゲルガーが叫ぶ。
「ゲルガー、ナナバも一緒か」
ゲルガーとナナバは、同期であるアーチ…、ラドクリフ第三分隊長の副官を務めているアーチボルドの向かいにならんで腰を下ろした。
「おい、独り酒か?」
「最近、寝つきが悪くてな。ここで一杯やるのが癖になってきてる」
「ちょっとそれ、ヤバいんじゃないの? アーチまでゲルガーみたいになったらシャレにならないんだけど?」
声を尖らすナナバに、アーチボルドは口の端を上げた。
「安心しろ、ナナバ。こいつみたいにはならねぇよ」
「おい、さっきから二人して “俺みたい” ってなんだよ」
「「酔っぱらいに決まってんだろ」」
「はぁ? 俺はな、酔っぱらいじゃねぇよ! こよなく酒を愛してるだけだ!」
「……はいはい」
あきれたようにつぶやくナナバを尻目に、ゲルガーはジャケットからボトルを取り出した。
「よしっ! 今夜はとことん飲むぞ!」
「はぁ? 一杯だけって言ったでしょう?」
「うっせーな! アーチのと俺のと、これ全部空にするまで部屋に帰さねぇからな!」
テーブルにならんだ酒瓶に、はぁっと大きくため息をつくとナナバは “仕方ないわね” と手酌した。
「お! いいねぇ、お注ぎしますぜ お嬢さん!」
「いい、自分でやるから」
ゲルガーとナナバのやり取りを酒の肴に、アーチボルドは微笑む。
「男前だよな、ナナバって」
「ありがと」
ハイピッチで酒を流しこみながら、ゲルガーが笑う。
「俺さ… こいつが女からコクられてるの見たことあるぜ?」
「ナナバ、マジか?」
驚くアーチボルドに、ナナバは口をへの字に曲げてうなずいた。
「あぁ。壁外調査の前に… 何度かな…」
すべての準備が整う壁外調査の前日は、基本的に午後からは自由時間になる。
高確率で命の危険が伴う任務を控え、それぞれ思い思いの時間を過ごして良いことになっていた。
平常心を保つために普段どおりの訓練をおこなう者、食堂に入り浸る者、ひたすら自室で眠る者、街に気晴らしに出る者…。
その “過ごし方” は千差万別ではあるが、比較的よく見られる光景が “想い人への告白” だ。