第30章 映る
「大好きだよ、マヤ」
「私もよ、ペトラ」
月明かりに照らされた小さな部屋で、二人の声が子守歌のように響いて。
「……明日早いからもう…」
ペトラは睡魔にあらがえず、そのまますとんと眠りについた。
「おやすみ、ペトラ…」
今度こそ本当にマヤは “おやすみ” と言えて、そっとその長いまつ毛を閉じた。
次の日は予定どおりにクロルバ区を出発した。
馬たちの負担を考慮して、初日よりも巡航速度を落としての全周遠征訓練だ。休憩も適度に入れて、新鮮な水場があれば馬たちに十分な量を飲ませてやりたい。
昼を過ぎたころには、三度目の休憩を取っていた。
「今日みたいな感じだったら、全然しんどくないね」
「そうね。でもアルテミスは、もっと飛ばしたがってるけど」
「まだまだ先は長いんだから、アルテミスもゆっくり走った方がいいと思うよ」
「それはそうだね」
マヤとペトラがおだやかに話し合っていると、オルオがそばにやってきた。
「今日は結構ゆっくりだから、野宿になりそうだな」
「そう?」
「あぁ。今ミケ分隊長とタゾロさんが話してたけど、ユトピア区までは行かないって。ちょうどいい場所に村でもありゃ泊まるけど、おそらく野宿になるだろうな… だとよ」
「そっかぁ…」
ペトラはため息まじりだ。
「昨日はクロルバまで走りぬいて念願のマヤんちに泊まれた訳だし、今日は仕方ないか」
「そうね、大体遊びじゃないし…。壁の点検と遠征訓練だから」
アルテミスと走っていればご機嫌のマヤは、野宿でもなんでも嬉しそうだ。
「ちょっとオルオ、他になんか情報ないの?」
「いや別にねぇけど」
「使えないわね!」
「何言ってんだ。野宿になりそうだって情報を持ってきてやったじゃねぇか!」
「情報なんてものはね、多ければ多いほどいいのよ。ひとつの情報が命取りになるなんてこともあるのよ。兵士の基本でしょ!」
「……ったくガミガミガミガミうるせぇな」
「なんですって!」
オルオとペトラの雲行きが怪しくなってきたので、慌ててマヤが間に入った。
「二人とも落ち着いて。お天気もいいし、季節もいいから綺麗な夜空の下で野宿なんて素敵じゃない? 楽しいことを考えよ?」