第30章 映る
マヤが考えこんでしまっているとは気づかずに、ペトラは心に思いつくままにおしゃべりをつづけた。
「ナリスさんの黒髪、兵長に負けてないくらいサラサラな感じだったね。長髪だったから余計にそう見えたかも。マヤはいいよね~、キラキラのマリウスにサラサラのナリスさんと兵長…、かっこいい人ばっかりそばに… いて…。私なんか… オルオのボサボサの… シワシワだよ…」
だんだんとペトラの声は小さく途切れ途切れになっていく。
「ペトラ…? 寝たの…?」
答えは返ってこない。
「ペトラ?」
「う、う~ん。何、私寝てた? 今?」
突如ペトラが戻ってきた。
「寝てたかも。っていうか寝よ? 明日、早いよ」
「そうだね…。私、何か言いたいことがあったんだけどな…」
そう言ったきりペトラはまた一瞬寝てしまったようだ。
今度こそ眠ったと思って、マヤはささやく。
「おやすみ」
静かに聞こえてくる寝息。
「あっ!」
「びっくりした」
寝たと思ったペトラが急に声を出すから驚くことしきり。
「アルテミスっていつの間にオリオンとあんなに仲良くなったの?」
ペトラは言いたかったことを、半分寝ながら思い出したらしい。
「あぁ、そうなの。すごいでしょ?」
アルテミスは宿屋の馬小屋に連れていかれるオリオンに向かって切ない声でいななき、オリオンもまた何度も振り返っては名残惜しそうにしていたのだ。
「この前はうちの狭い庭に密着して入って、オリオンがアルテミスをずっと舐めててね…」
「そうなんだ。なんかやらしい」
「なんでよ」
「だってなんかマヤと兵長みたい」
「変なこと言わないで。兵長は舐めたりなんかしないから」
「さぁどうだか」
少々意地の悪い声でペトラは返したが、急にマヤの手をごそごそと布団の中で探り当て、ぎゅうっと握ってきた。
「マヤ、兵長と幸せになってね」
「……どうしたの、急に」
「やっぱ私も兵長のこと好きだから。あんなすごい人、他にいないもん。だからマヤが兵長を幸せにして、マヤも兵長に幸せにしてもらわないと嫌だ」
「うん…」
「絶対だよ…? 約束して」
「約束する」
マヤの言葉に安心したかのように、ペトラの握りしめていたこぶしの力が抜けていく。