第30章 映る
ティータイムが終わりオルオたちは出ていき、ペトラがルチアとパッチワークキルトの話で夢中になっているときに。
「お父さん、どうしてアッサムを…?」
マヤの疑問は父ジョージの笑顔とともに鮮やかに解決した。
「アッサムはな、一番 “飾りけのない普段の紅茶” なんだ。普通の当たり前のことが大事だったりするだろう? 近すぎて見えなくなっている本当に大切なものを思い出させてくれる、そういう優しい紅茶なんだよ」
ジョージの視線は静かにペトラに向けられて。
「お父さんの紅茶は、ちゃんと思い出させたみたいね」
「……そうだといいんだがな」
「マヤ、ねぇ聞いてる?」
紅茶のことを思い出すのに夢中で、ペトラの話を聞いていなかった。
「あっ、ごめん。何?」
「ごはんのときにカウンター席で兵長と飲んでいた人、あれ誰なの?」
夕食はクロルバの一番大きな店で。
リヴァイ班の四人とミケ班のタゾロ以下全員は、それぞれの班で一つの大きなテーブルを囲んで夕食をとった。
リヴァイとミケは二人で酒を飲むからと、テーブルから離れたバーカウンターで皆に背を向けている。そこへ背の高い黒髪の男が近づいてきたかと思うと、リヴァイの隣に座って何やら話しこんでいたのだ。
「あのときすぐにマヤに訊きたかったけど、席が離れていたから」
「あぁ、うん。あの人はナリスさん、マリウスのお兄さんよ」
「へぇ! マリウスの…! でも全然髪の色が違うけど」
「そうね。マリウスはおじさんと同じ明るい金髪だものね。ナリスさんはおばさん似だわ」
マヤはナリスとマリウスの母親の、さらさらの黒髪の肩上ボブカットを思い浮かべた。
「兵長と友達なんだ?」
「……友達ではないと思う…。このあいだ来たときに初めて会っただけだし…」
……それにマリウスのことでナリスさんは…。
あのときのナリスとリヴァイのやり取りを思い出して、マヤの心は痛んだ。
……最後にはおじさんのとりなしもあって、笑ってくれたけど。
10歳も年の離れたマリウスを可愛がっていたナリスさんの心の傷は、そう簡単には癒えやしないはず。
ナリスさん…、兵長と何を話していたのだろう…?