第30章 映る
「うわぁ、綺麗…!」
ペトラはまずその紅茶の燃える紅の琥珀色に感激した。
「お父さん、これ…」
いつものオリジナルブレンドと少し違うと、マヤはその香りと水色の様子から気づく。
「あぁ、いつもよりアッサムを多くした」
「そう…」
マヤはもっとも敬愛する紅茶バカの父親のジョージの真意がよくわからず、曖昧な相槌しか打てない。
……なぜオリジナルブレンドの配合をわざわざ変えたのかしら?
首をかしげているマヤの胸の内など知らないペトラは、無邪気にティーカップに手を伸ばした。
「いい匂い…!」
スンスンとまるでミケのように鼻をうごめかせてから、ひとくち飲む。
「美味しい…! 美味しいです!」
「そうか、そいつは良かった」
まん丸に目を見開いて美味しい美味しいとはしゃいでいるペトラを横目に、オルオも紅茶に口づける。
「ほんとだ、美味ぇ!」
オルオのひとくちをきっかけに新兵の三人、ジョニー、ダニエル、ギータも次々と騒ぎ出す。
「うわ! なんだコレ」
「マジ? やべぇ…」
「マヤさん、美味しいです…!」
「ふふ、ありがとう。ギータ」
ギータの頬が赤いのは紅茶のせいか、マヤの微笑みのせいか。
「本当だわ、アッサムが強い…」
紅茶を確かめるように飲んだマヤのつぶやきは、ペトラとオルオのにぎやかな声にかき消された。
「なぁ、マヤの実家の紅茶すげぇ美味いな?」
「なんでオルオが得意になってんのよ。私はマヤんちの紅茶が美味しいって最初からわかってたわよ」
「これ飲んだら、なんか俺も実家に帰りたくなってきた」
「あっ、わかるかも!」
「不思議だよな」
いつの間にか二人のあいだにあった微妙な空気は消え失せている。
……良かった。こうでないとね、ペトラとオルオは。
店を満たしている紅茶の香りがペトラもオルオもマヤも…、皆を笑顔に変えていく。