第30章 映る
アルシスの言葉は皆の心に静かに吸収されていく。浮かんでくるのは家族の顔、聞こえてくるのは家族の声。
黙って立ち尽くしている皆の顔を見て、アルシスはこれ以上は何も言ってはいけないと気づいた。
そのとき。
「旦那様、お部屋のご用意ができました」
ディーン家の通いの家政婦が階上から下りてきた。どうやら空き部屋のベッドメイキングをしていたらしい。
「ありがとう。案内してやってくれ」
「かしこまりました。皆さま、どうぞこちらへ」
家政婦の後についてオルオ、ジョニー、ダニエル、ギータが階段を上がっていく。
「おじさん、あの…」
「なんだい?」
マヤは少し言い出しにくそうにしていたが、思いきって切り出した。
「私はペトラと、うちに泊まりたいんですけど…」
せっかくのアルシスの親切を無下にするようなことをマヤは言いたくない。だが、全周遠征訓練中であるから宿屋か兵舎にしか宿泊してはいけないのではないかと考えていたのに、ディーン家の宿泊の許可が出た。ならば実家の宿泊も許されるのでは…?
そんな思いから、つい希望を口にしてしまった。
「あぁ、もちろんかまわないよ。好きにしたらいい。でもそれは私が決めることではない。きちんとリヴァイ兵士長に許可をもらってからだ」
「そうですね、わかりました」
二人のやり取りを聞いていたペトラが歓喜の声を上げた。
「マヤんちに泊まれるの? 嬉しい! 許可をもらいに兵長のところに行こう!」
「うん。おじさん、ありがとう」
「ディーンさん、ありがとうございました!」
礼を言って出ていくマヤとペトラを見送ったアルシスは、ひとり三階に残された。
ふうっとため息をついて、マリウスの兵服に話しかける。
「あぁ、私も年を取って弱気になったもんだ。使命感に燃えて、希望を胸に戦っている若者の足を引っ張るような真似をして。里心をつけさせてどうするんだ…。私にできるのはマリウスにしてやれなかったことを、あの子らにしてやることなのに。背中を押してやって、いつ帰ってきてもいいように街を築く。そうだろう? マリウス…」
……そうだね、父さん…。
マリウスの声が聞こえた気がして、アルシスはいつまでも自由の翼を見つめていた。