第30章 映る
「ミケ分隊長は嗅覚が鋭いんです」
「へ? 俺…、臭かったってこと?」
「いえ…、嗅ぐのが癖というか趣味というか…」
「なんか最後俺の顔を見て笑ったんだけど…!?」
泣きそうな声は、みっともなく裏返っている。
2メートル近い身長のミケがわざわざ窮屈そうに身をかがめて、自身のうなじをスンスンと嗅いだ挙句の果てに、じいっと見つめられてニヤリと笑われたナダルがパニック状態から抜け出せないのは当たり前のことであろう。
「分隊長は嗅いだあとに鼻で笑う癖があるから、気にしなくて大丈夫ですよ?」
「いやいや、気にするってぇ…」
平然としている目の前のマヤが別人のように思えるナダル。
……マヤのことは小せぇときから知ってるんだけどな…。
「あ、みんな行っちゃう…! ナダルさん、立てますか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。早くみんなのところに行きな…」
「わかりました。ではまたです…!」
行ってしまったマヤの背を見送ってもなお、ナダルは放心状態だ。
「あれが調査兵団実力ナンバー2のミケ分隊長か…。でけぇし、嗅いでくるし…、一体なんなんだ。やっぱ調査兵団は変人の巣窟なんだな…。マヤもすっかりなじんでたなぁ、おい…」
「何この豪邸…」
「すげぇ…」
ペトラとオルオは、ディーン商会の四階建ての石造りの建物を見上げている。
「マリウスさんって大金持ちのボンボンだったんだ…」
「すげぇな…」
ジョニーとダニエルもぽかんと口をあけて驚いている。
「さぁ、君たち。遠慮せずに入ってくれたまえ」
「「「はい!」」」
物腰のやわらかな恰幅の良い紳士が、にこやかに調査兵を自宅に招き入れた。
もちろん彼はアルシス・ディーン、マリウスの父親その人である。