第30章 映る
「これはまた皆さんお揃いで…? またマヤのところへ? あっ、いや! そんな兵長率いる調査兵団の皆さんのご予定は俺のような駐屯兵にはまったくもって関係のないことでございまして…!」
今にも汗が噴水のように吹き出しそうだ。
「全周遠征訓練だ。今夜はクロルバに泊まる」
「あぁっ、全周遠征訓練でしたか。ご苦労様でございます! 全周遠征訓練は昔自分も参加したことがあります。と言っても、駐屯兵団の場合は東西南北の各区の兵士が、それぞれ隣の区まで行くだけですので、全然 “全周遠征” じゃないのですが…」
そう、毎年3月末におこなわれる駐屯兵団による全周遠征訓練は全周しないのだ。
トロスト区の駐屯兵はクロルバ区へ、クロルバ区の駐屯兵はユトピア区へ、ユトピア区の駐屯兵はカラネス区へ、カラネス区の駐屯兵はトロスト区へ。おのおの時計回りに隣接する区へ壁の目視点検をしながら行って帰ってくるだけのものになっている。
「……いわば四分の一周遠征訓練みたいな…? ガハハ!」
うまいことを言ったみたいな顔をしてガハハと大口をあけて笑ってみせたナダルだったが、心優しいマヤが笑顔でうなずいてくれただけで他に笑っている者はいない。
……失敗した!
やべぇ、今度こそマジでやべぇ。前回はどうやらマヤとの休暇だったらしくて俺の居眠りもおとがめなしでかろうじてセーフだったが、今回は任務で来てるし、目撃証人多数だし、笑いを取ろうにもすべったし…。
今度こそ殺される…?
「駐屯兵団に顔を出す」
ナダルの心中など知らぬ存ぜぬのリヴァイは、涼しい顔をしてオリオンをひくとクロルバ区内へ入った。
ぞろぞろとその後ろをリヴァイ班、ミケ班がついていく。
最後のミケは立ち止まると、その長身をかがめてナダルのうなじを嗅ぎ始めた。
……スンスンスンスン…。
「ひぃっ! な、な、なんでしょうか…!」
嗅ぎ終えたミケはじいっとナダルの顔を見つめていたが、ニヤリと笑うと何も言わずに通り過ぎた。
意味のわからないナダルは、恐怖と混乱でどすんと尻もちをついてしまった。
「ナダルさん…!」
それに気づいたマヤが慌てて戻って声をかける。
「大丈夫ですか?」
「マヤ、なんなんだ今の…!」
ナダルは金魚のように口をぱくぱくさせている。