第30章 映る
高くそびえる壁に異常は全く見当たらず、全周遠征訓練の初日は順調に終わろうとしていた。
クロルバ区に近づいてきた地点で、ペトラがマヤに話しかけた。
「さっきからやたらあちこちで上がってる煙って、猟師の?」
「あぁ、うん…」
マヤはペトラが指さした森をちらりと見て答えた。
「このあたりは猟師小屋がたくさんあるから」
「やっぱり。カラネス区のそばにもあるにはあるけど、こんないっぱいないから変な感じ。ねぇ、猟師を見たことある?」
「あるわよ。クロルバに鹿とか猪とか売りに来るもの」
「ええっ、そうなんだ…。もしかしてさ…」
ペトラは少しだけ言いにくそうな顔をした。
「クロルバって田舎…?」
「そうよ。ヘルネの方がよっぽど栄えてるくらいだから、驚かないでね」
「了解…」
微妙な顔のペトラを見て、マヤは笑い飛ばした。
「やだ、なんか気を遣ってる? クロルバが田舎だってこと、全然気にしてないからそんな顔しないで」
そういう会話をしているうちに、とうとうクロルバ区が遠くかすかに見えてきた。
空は美しい紅のうろこ雲を散らしているが、まだ完全に日が落ちてはいない。
時速60キロほどで駆けつづけた馬たちは、あと少しで休息の地と本能的にわかるのだろうか。なんの指示を出さなくとも、ゴールを目指してギアが上がった気がする。
「あぁぁ…、まただ…」
つぶやいたマヤの言葉を、隣を走るペトラは聞き逃さなかった。
「何がまたなの…!?」
「ナダルさんが寝てる」
「へ? ナダルさんって?」
「居眠り好きの駐屯兵よ」
クロルバ区の内門のそばに到着した全周遠征訓練隊は、全員馬からおりた。
十一頭の馬、十一人の到着の気配に全く気づくこともなく、開け放たれた内門の定位置で眠りこけているナダル。
前回のクロルバ訪問でナダルとは面識のあるリヴァイが、低い声でその名を呼んだ。
「ナダル」
「う~ん、むにゃむにゃ」
「おい、ナダル!」
「なんだ、もう夜か?」
眠い目をこすりながら、むくりと起き上がる。
「うわぁっ!」
そして内門前に勢ぞろいしている馬たちに気づいて叫んだ。
「リ、リ、リヴァイ兵長…! どうして…! じゃなかった… ようこそ!」
混乱しているナダルは、どんぐりまなこをパチクリ白黒させている。