第30章 映る
もう10月の気配がすぐそこの9月某日。空にはもこもことしたうろこ雲が散らばり、蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)と昔より伝えられているとおりに夏に活発に活動していた虫たちが、冬眠するための準備を始める秋本番。
ウォール・ローゼの目視点検を兼ねた全周遠征訓練が始まった。
日の出と同時に兵舎を出立し、トロスト区から時計回りで六日かけて一周する。
訓練に参加する全員が初参加であり、気心の知れたメンバーであっても緊張した面持ちでスタートを切った。
ただひたすら壁を見ながら馬を駆る。
皆が真剣に取り組み兵舎を出てからしばらくのあいだは、号令以外で口をひらく者は誰もいなかった。
しかし4時間を過ぎたあたりで。
「飽きてきたんだけど…」
マヤの後ろを走っていたペトラが横についたかと思うと声をかけてきた。
「もうずっと何もない! 壁と空と草原。時々大きな木がぽつりぽつりと立っててずっと同じじゃん…。まだ最初の方は村があったり城跡が遠くに見えたりで変化があったけどさ。こんなの一週間も、朝から晩まで走りつづける訳?」
「そうよ、訓練だもの。壁の点検も大事な任務だし。それに一週間じゃないわ、六日よ」
「六日も七日も一緒だって! 野宿するって聞いたし、なんか最悪じゃない?」
「街の宿屋に泊まれる日もあるんじゃないかな?」
「……あるんじゃないかな~じゃないわよ! なんでマヤはそんな楽しそうなの。っていうかなんでこんな訓練を志願したのか意味不明」
ヒヒンヒン!
ペトラの不平不満が伝わるのか、ペトラの馬アレナも機嫌の悪そうな鼻音を鳴らす。
「アレナまでそんな怒らないで」
悲しそうにマヤはつぶやいた。
「怒りたくもなるわよ。第一分隊が引き受けた任務兼訓練なのに、兵長が強引に第二班と入れ替わったんだよ?」
「でもペトラも最初は喜んでいたじゃない、クロルバ区やユトピア区に行ったことないからって」
「……それは…」
急に歯切れの悪くなるペトラの横にオルオがやってきた。
「そうだそうだ! 俺も聞いたぜ。訓練で行ったことのないとこに行けてラッキーだって。旅行気分だったよな」