第30章 映る
「さすがハンジ、頭の中は巨人でいっぱいだな」
ミケが鼻で笑うと、ハンジはムッとすることもなく素直にその言葉を受け止めた。
「そうさ、一分一秒が惜しいね。巨人にすべてを捧げたいよ… って! 思い出した。モブリットを捜しているんだった!」
「いつも一緒なのに、ハンジさんがモブリットさんの行方を知らないなんてめずらしいですね?」
「そうなんだよ。モブリットのやつ、いつもは金魚の糞みたいにくっついてくるくせにさぁ、ちょっと新薬の実験台… じゃなかった治験をたのもうと思ったら煙のように消え失せたんだ」
ハンジの説明を聞いて、マヤはあれ? と首をかしげた。
「モブリットさんって確か治験には協力的ですよね…?」
「そうなんだよね。つい三日前だって立派に猫薬を飲んでみてくれたのに」
「……猫薬? なんの薬ですか?」
「飲んだら一時的に猫になるんだ。四つん這いになり、猫の気持ちに支配される。犬バージョンも研究中」
「その薬はどういったときに飲むものなの…?」
猫薬や犬薬の意義がマヤには全く理解できない。
「猫薬は前段階さ、巨人薬のね!」
「巨人薬…」
「そう! 対巨人新薬も絶賛研究中なんだけど、敵を知るにはその敵になりきる必要があると考えたんだ。なかなか今すぐには巨人になりきる薬なんか開発できないから、まずは身近な猫や犬で調合してみようと」
「なるほど…」
「……で! 猫薬は飲んでくれたモブリットなのに、なんで今日は逃げるんだ~!」
「今日の薬はどんな薬なんですか?」
「告白薬。これを飲んだら最後、胸に秘めているどんな想いもすべて本人を目の前にした途端に告白してしまうというシロモノ」
「………」
モブリットの胸に秘めているハンジへの熱い想いを知っているマヤは、深く同情した。
……モブリットさん、何がなんでも逃げて…!
「なんで告白薬を? 巨人とは関係ないですよね?」
「あぁうん、そうだね。告白薬は貴族に売りつけようかと。マヤから聞いた紅茶商と貴婦人の話から思いついたんだ。告白薬さえ飲んでいれば、さっさと互いの想いを打ち明けて長年のすれ違いはなかっただろうし…。という訳でモブリットを捜さないと! マヤ、またね!」
ミケにはなんの挨拶もなくハンジは来たときと同じく慌ただしく出ていった。