第30章 映る
「壁の目視点検がてらの遠征訓練ですよね…? 今、分隊長に教えてもらっていたところです。ウォール・マリアの陥落前は六泊七日だったって」
「そうそう、そのとおり。ウォール・マリアは全周おおよそ3000キロ強ある。調査兵団の馬は品種改良されているから最高時速で80キロくらいは出るが、まさか3000キロをずっとトップスピードで駆ける訳にはいかないし、一応壁の目視点検を兼ねているからね。平常時のスピード…、大体時速35キロを最低限維持していきたい。そうなると、3000÷35=85.7、85~6時間… 三日と半日弱程度かかる計算だ。だがこれは24時間走った場合の日数… となれば日の出の6時前から日の入りの18時まで休みなく走りつづけて12時間、倍の一週間の行程になる。でもウォール・ローゼはマリアの8割の2400キロ弱だから五泊六日…、五泊六日だよ!」
ハンジの熱のこもった詳しい説明を真剣に聞いて頭がクラクラしつつもマヤは答えた。
「確かに長いですけど…。私、馬で走るのが好きだから全然苦行じゃないし、むしろご褒美というか…」
「ちっがーう!」
ハンジは大声で全力否定してきた。
「違うんだ、マヤ! 期間が長いとか、ろくに休憩もなく馬に乗ってるのが嫌だとかそういう問題じゃないんだ!」
「えっ? じゃあ苦行とは一体…?」
「そんなの決まってるじゃないか! 全周遠征訓練は訓練であって壁外調査じゃないんだ」
「………?」
……ハンジさん、どうしちゃったの? 訓練が壁外調査じゃないのは当たり前だけど…?
「壁外調査じゃなく訓練だから当然壁内を走る! そして壁内には巨人がいない! 走っても走っても、行けども行けども巨人に遭遇しないんだよ? そんなの苦行どころの話じゃないよ!」
「巨人がいないから楽しいのに、ハンジさんは真逆なんですね…」
「当たり前だろ? 私たちは調査兵団なんだ。巨人と出遭って戦って捕獲して研究して全滅させるのが使命なんだから」
「……そうでした…」
調査兵としての自覚が足りなかったのかと、しょんぼりとしているマヤを見てハンジは慌てた。
「いや、マヤはいいんだよ? 巨人のいないところで思いきり馬と駆けてくれ。ただ私は巨人のいない遠乗りは勘弁ってだけ。そんな時間があるなら研究に没頭したい」