第30章 映る
「お尻なんか痛くならないし、ごはんが少しくらい遅れてもアルテミスとそれだけ一緒に走れたんだって思えば、全然苦じゃないけどなぁ…」
「マヤならそう思うだろう。だが大抵の人間はメシが最重要事項だからな…、そうだ!」
ミケは何かを思いついたらしく、執務机の引き出しを開けて一枚の書類を取り出した。
「今年の全周遠征訓練なんだが…、行くか?」
「全周遠征訓練…?」
「なんだ、知らないのか? 遠征好きのくせに」
ミケはマヤが知らないとは思いもしなかったが、考えを改めた。
「いや、知らなくて当然か。毎年紙切れ一枚で通達が来て、俺たち幹部で生贄の班を決めてひっそりと実行されてるからな…」
「生贄!?」
不穏な言葉に驚くマヤに説明するミケによると、全周遠征訓練とは…。
年に二回、一番外側の壁… つまり845年以前はウォール・マリア、それ以降はウォール・ローゼを目視点検しながら遠征訓練をおこなうというもの。春の全周遠征訓練は3月末に駐屯兵団が、秋は9月末に調査兵団がそれぞれ実行する。
「これが…」
ミケは先ほどの一枚の書類をつまみ上げると、ひらひらさせた。
「その通達書。三兵団のトップ、ザックレー総統の名で来ている。ウォール・マリアが陥落するまでは、あの壁が破壊されるなど誰も考えもしなかったから、形式的にやっていた季節行事みたいなものだった。だから七日もかかって、そのうえ壁に異常がないか点検しながらの遠征訓練は苦行でな、誰もやりたがらないから、毎年幹部で “生贄” となる班を決めていたんだ」
「……そうなんですか。知らなかった」
「昨年は確かラドクリフの第三分隊の第五班と第六班に行かせた。マヤと普段交流のある兵士がいなければ話を聞くこともなかっただろうし、知らなくてもおかしくはない」
第三分隊の第五班と第六班を思い浮かべて、マヤは首を振った。
「同期もいないし、仲良くしている先輩方もいない班ですね…」