第15章 壁外調査までのいろいろ
マヤは、オルオのペトラを想っているときの顔を思い浮かべた。
「……わかりますか?」
「そりゃそうさ、ここは食堂だよ? 食べてるときはね、みんな無防備なのさ。カウンターの向こう側から見てると、色々わかっちゃうもんなんだよ」
マーゴは得意気に腕を組んだ。
「へぇ… そうなんですか…」
「そうさ」
パンを丁寧に千切ってその小さな口に運ぶマヤを、マーゴは黙ってしばらく見ていたが、また話し始めた。
「マヤは、気になる人はいないのかい?」
……気になる… 人?
目覚めたときから意識して思い浮かべないようにしていた、遠ざかっていく黒い背中。
ううん、違う。
マヤは硬いパンを無理やりのみこみながら、浮かんだ姿を打ち消した。
「カウンターの向こうから見たら、わかっちゃうんじゃないんでしたっけ?」
「あはは! こりゃやられたね! うん、そうなんだけどさ、マヤ… あんたはわからないよ。いないように見えるがね」
マーゴの言葉にマヤは大きくうなずいた。
「マーゴさんにそう見えるんだったら、やっぱり私には気になる人はいないってことです」
「うん? なんだか回りくどい言い方をするじゃないかい」
マヤはコップの水を一口飲むと、マーゴの顔をまっすぐ見る。
「マーゴさん… 私… よくわからないんです」
「何がだい?」
「好きな人とか… 気になる人とか…」
自身に向けられた穢れを知らないマヤの瞳は困惑しているようだと、マーゴは思った。
「マヤ。わからないんだったら、今はわからなくていいってことさ」
深い琥珀色の瞳に、マーゴは優しく語りかけた。
「無理してわからなくてもいいんだよ。それより…」
「それより?」
「うちのジム、どう思う?」
「ん?」
マヤはマーゴの言ったことが全くもって意味不明で、目をぱちくりとさせた。
「うちの… ジム…?」
「そう! うちのジム」
「ジムって…。え? えぇっ?」
マヤはようやく、ジムという名の人物の機嫌の悪そうな顔が頭に浮かんだ。
「ここで働いてるジムさん… ですか?」
「そうそう! あたしの甥っ子なんだよ」
「えぇぇぇっ!」