第29章 カモミールの庭で
「アレキサンドラ…!」
白猫の消えた方を見ながらマヤは残念そうにつぶやいた。
「一緒に応接室に行きたかったのに…」
「あはは、あいつは気ままだからな。なかなか思いどおりにはならないぜ?」
「そうですね。猫はそこが可愛いんですしね」
「そう… なんだよな…」
……マヤ、お前も全然オレの思いどおりにならねぇけどな。
レイが切なげに見つめてきていることに、マヤは全く気づいていない。
「行きましょうか」
「あぁ」
肩をならべて薔薇園をあとにする二人の背を見送るのは、サマー・メモリーズの白い薔薇の花のかげにうずくまっているアレキサンドラただひとり…、いや一匹だった。
「……ミャオン…」
時は流れて。
「何言ってんのか全然わかんねぇな」
「………」
王都を出て、調査兵団兵舎に帰還すべく絶賛連絡船でおおよそ7時間の船旅中。
マヤはリヴァイと船室に二人きり。
船室はエルヴィンとリヴァイが使用している、小さな椅子とテーブルがあるだけの二等船室だ。
乗船中にリヴァイに相談したかったマヤは、てっきりカフェでと考えていたのだが、昨夜のリヴァイとマヤの宿での別れ際を邪魔したと気を遣ったエルヴィンが、“私はカフェにいるから、二人はここを使え” と出ていったのだ。
ゆっくりとリヴァイにイルザ・ラント前侯爵夫人を招待する件を相談したかったマヤには、エルヴィンの親切が好都合だった。
だからエルヴィンが出ていき、リヴァイと向かい合って着席した途端にこう切り出したのだ。
「兵長、ご相談があるのですが…。レイさんとラント前侯爵夫人を調査兵団に招待できませんか? リヴァイ班の訓練の見学をしていただくとか、そういうので」
「……あ?」
不機嫌な声が低く漏れる。
……やっと二人きりになれたってぇのに何を血迷っている、マヤは。
レイモンド卿を調査兵団に招待だと…!?