第29章 カモミールの庭で
「任務ですから」
マヤの返事は必要以上に冷たくも温かくもない。プロポーズを断った日以来の再会と二人きりの状況に、まだ少し緊張が残っている雰囲気だ。
「はは、わかってるって。だけどわがまま言っていいか?」
「なんですか?」
「今は団長も兵士長もいねぇ、ここは応接室じゃねぇんだ。薔薇園に二人きりなんだし、任務は忘れて “良き友人” としてのマヤでいてくれねぇか…」
「ええ、それはもちろん…」
マヤの言葉の途中で、がさがさと繁みから音がした。
「ミャオ!」
「アレキサンドラ!」
「ミャオン!」
白猫のアレキサンドラがマヤの足元に駆け寄ってくる。
「久しぶりだね! 元気だった?」
「ミャオミャオン!」
「ふふ、くすぐったいよ」
アレキサンドラがしゃがんだマヤの顔にすりすりと体をくねらせてきている。
「二人きりじゃないですね…。アレキサンドラがいるもの」
嬉しそうにすり寄ってくるアレキサンドラを撫でているマヤは、緊張もすっかり解けている。
「そうだな…。アレキサンドラ、せっかくマヤと二人でいるのに邪魔すんなよ」
「ミャオ!」
抗議のひと声を鳴いてツーンとレイから視線を逸らしたアレキサンドラの首には、相変わらず大粒のルビーとエメラルドが散りばめられたゴージャスな首輪が光っている。
「邪魔なんかじゃないよ。来てくれてありがとう」
マヤに優しくそう言ってもらったアレキサンドラは、目を細めて薔薇園に響き渡るような大音量でごろごろと喉を鳴らし始めた。
「おいおい、すごい音だな。これじゃ、どっちが飼い主かわからねぇじゃないか」
レイは口では少々不満そうな言い方をしたが、その翡翠色の美しい瞳は、今この状況が楽しくて仕方ないといった気持ちを隠すことができずに、キラキラと輝いていた。