第29章 カモミールの庭で
白薔薇だけの薔薇園は、想像していたよりも花が咲いてはいなかった。
パチンパチンと庭師が薔薇の木の剪定をしている音が遠くから聞こえる。
「薔薇を切っているの?」
「あぁ。秋薔薇の見ごろは10月中旬くらいからなんだ。9月のはじめに “夏剪定” をやって伸びきった枝を切り揃えてやらねぇと10月に綺麗に咲かねぇ」
「へぇ…、知らなかったです」
「でもほら」
レイが指さした方向には白い薔薇が綺麗に咲いていた。
「品種によっては咲いているのもあるから」
「ほんとだ、綺麗ですね」
二人は白く大きなふんわりとした丸い形の花をたくさん咲かせている薔薇に近づいた。
「さっぱりとした良い香りだわ…」
「サマー・メモリーズという名だが、夏らしい匂いでオレも好きだ」
「あっ、あっちも綺麗に咲いてる…!」
今度はマヤが指さした。
「あれはサマースノー。一般的に春によく咲く薔薇なんだが、ここでは年中花をつけている」
「ふふ」
「どうした? なんか変だったか?」
「いえ、レイさんはさすが白薔薇王子だけあって薔薇に詳しいなって思ったのと…」
「……思ったのと?」
「今咲いている薔薇は、みんな名前にサマーがつくんだなって…」
マヤは目の前に見事な大ぶりの花を咲かせているサマー・メモリーズを愛でながら微笑んだ。
「今は9月だけど、きっとこの子たちはその名のとおりに夏に頑張って綺麗に咲きつづけたんだろうなって思うとなんだかとっても愛おしいです」
「あぁ、そうだな…」
レイは相槌を打ちながら、手を伸ばせばふれられる距離にいるマヤの横顔に見惚れている。
……オレはオレの白薔薇を愛おしいと言ってくれるマヤが、何よりも誰よりも愛おしい。
今すぐにでも抱き寄せて、この想いをもう一度伝えたくなる。
だけれども。
……さっき見ちまったんだ。あの部屋を出る間際に、マヤが兵士長を気にして振り返ったことを。
そして不貞腐れている兵士長を見て、マヤの顔が曇ったことも。
……オレはマヤには笑っていてほしい。
だから、今マヤに伝えるべき言葉は…。
「今日は逢えて嬉しかった。まさかオレが招待する前にマヤの方から来てくれるなんてな!」