第29章 カモミールの庭で
そのわずかな憐憫を敏感に嗅ぎ取って、マヤは抵抗する。
「全然大変なんかじゃないよ。どんな任務も、やるだけだから」
「そっか、うん、そりゃそうだ」
リーゼは矛先をかわすのが上手い。かすかな… 当の本人のマヤですら自覚していないであろう軽い苛立ちを察知して、素早く話題を変えた。
「明日も任務があるんだったら今夜しかデートできないってことね。じゃあやっぱり美味しい店を紹介してあげるから、兵長と行きなよ」
「私、リーゼとごはんを食べるつもりなんだけど」
「これから帰って報告書を書かないといけないし、明日は朝早いから…、ごめん!」
「そうなんだ…。私の方こそごめんね、急に押しかけたりして」
「ううん、会えて嬉しかったから、そこは謝らないで」
互いに両手を合わせて謝って、目を合わせて笑っている。
憲兵団と調査兵団の違いから、ほんのわずかな… 軋轢ともいえないくらいの感情の揺れが生じても、そこは訓練兵時代に苦楽をともにした友達だから。
「とりあえず出ようか」
リーゼは給仕を呼び、それぞれの勘定を済ますと率先してカフェを出ていく。
「こっち」
カフェの前の道を進んで、何度か角を曲がっていけば、いわゆる飲み屋ばかりが目に付くように。
「ここまでの道順、わかる?」
「うん、多分」
「じゃあここまで来たら、あのショーパブを目印にして」
指さした先にはクロルバ区やトロスト区では見たこともないような、ド派手な色彩の看板が目立つ店。
「……ショーパブって?」
「ステージがあってダンスや歌とか芝居を観ながら飲む店」
「へぇ…、さすが王都だね。すごい派手」
「一度見たら忘れないでしょ。あの店を過ぎて、五軒くらいのところに “カッシーナ” っていうダイニングバーがあるから、そこに行ったらいいよ。何を飲んでも食べても美味しいし、店内の雰囲気がおしゃれでさぁ…、絶対おすすめ」
「“カッシーナ” ね… わかった、ありがとう」
「よし! じゃあ本部に帰ろう。リヴァイ兵長もまだいるんじゃないかな」
「……だといいけど」
「さぁ、じっくり聞かせてもらうわよ! どうやったらあの兵長とつきあうとかなる訳?」
「………」
リーゼの質問攻めに遭ったマヤは、憲兵団本部までの道のりを長く長く感じるのであった。