第29章 カモミールの庭で
「何言ってるの! マヤは誰よりも優しい、真面目でいい子だって!」
リーゼが心からそう思って言ってくれているのが、その表情、口調からわかる。
わかるけれど。
「好きな人がいるんだ」
「………」
静かな口調で話し始めたマヤを、リーゼは見守る。
「マリウスが亡くなったあとで、マリウスが想っていてくれたことを知ったの。そのあとで好きな人ができて…。普通に過ごして普通に笑ってる」
「……だから?」
「……え?」
思いがけず冷淡なリーゼの反応に戸惑う。
「そんなの当たり前だと思うけど? 自分のこと好きでいてくれる人に絶対応えないといけないの? 自分のこと好きな人が何人もいたらどうすんのよ! 二股かけて想いに応える訳? その人が死んだら喪に服して誰も好きになっちゃいけないの?」
強い語気がマヤに突き刺さる。
「人はね、もう死ぬってときは一番好きな人の顔が浮かぶらしいよ? だからマリウスだってマヤが好きだからこそ、マヤがマヤの好きな人と幸せになることを願いながら死んでいったにちがいないよ。それを今マヤが成し遂げているなら、それがマリウスにとっても最高なんだよ! だから普通に胸を張って生きてればいいのよ、わかった!?」
「う、うん」
身を乗り出してテーブルの半分よりこちら側に来て、ものすごい剣幕のリーゼの勢いに押されて、思わずうなずいたマヤだったが、その言葉のひとつひとつを考えてみれば。
……リーゼの言うとおりだわ…。
マリウスは私の幸せを願ってくれていた。手紙にだって…。
“……お前を一生守ってくれる… オレより強いやつと幸せになれよ…”
そうだった、わかっていたはずなのに。
マリウスには兵長への想いを心の中で報告して、兵長と幸せになることでマリウスへの想いに応えていくつもりだったのに。
「マリウスはね、私に手紙を残していたの。そこには幸せになれと書いてあった」
「やっぱりね、私の言ったとおりじゃない。マヤはマリウスに遠慮なんかしないで好きな人と幸せになればいいのよ」
「そうだね…」
そう言って素直に目を伏せたマヤ。その長くて密度の高いまつ毛を眺めながらリーゼは訊く。
「ところで好きな人って誰なの? 私の知ってる人?」