第29章 カモミールの庭で
「私の故郷の村では、村長が村民のことを全部把握していたのよ。誰がどの家に住んでるか、家族は誰で誕生日は何月で何が好きで…。だから村に誰かが訪ねてきても、すぐに案内できるのが当たり前でね。そんなものだと思っていたから、どこに誰が住んでいるか全体を把握している人がいない王都にはびっくりしちゃった」
リーゼの話を聞いて、マヤは自身の故郷であるクロルバ区のことを考えた。
……そうだわ。クロルバでもディーン商会がすべてを牛耳っていて、マリウスのお父さんなら全員のことを知っているわ。
脳裏に浮かぶマリウスの父、アルシス・ディーンの温和な顔。クロルバ区を仕切っている手腕の持ち主ながらその物腰はやわらかく、住民からの信頼は厚い。
「……わかる。私のところでもそうよ」
「だよね? だから考えたんだ。王都では人も家も店も多すぎて、誰か一人が全部を把握してるのなんか田舎と違って無理。じゃあデータ化すりゃいいんじゃないの? って」
「うんうん」
好意的に聞いてくれるマヤの態度が嬉しくて、リーゼの口調も勢いづいてくる。
「だからね、住民名簿を作ってみたいと上に進言したんだ。でも全然取り合ってくれなかったの。馬鹿にされたり、必要ないと言われたり…。そんなときにナイル師団長の直属の部下の人がすごくいい人で、賛同してくれたうえにナイル師団長に話を持っていってくれたんだ!」
「そうなんだ」
「ナイル師団長もじきじきにGOサインを出してくれて、さっき一緒にいたセラとアユラも手伝ってくれて完成させたの」
「だから団長の手紙を迷わずに届けてくれたのね」
「うん。今はイエローブだけしか完成してないけど、いずれレッドーブとクリスタルブルーブも作成したいと思ってる。レッドーブは半分くらいできてるんだけどね」
そう語るリーゼの瞳はきらきらと輝いている。
……なんだ。リーゼはちゃんとやりがいを持って働いてるじゃない。良かったぁ…。
「新しく物事を始めるのって大変だもの。すごいね、リーゼ」
「私ひとりの力じゃないけどね。あのときアンドレさんが話を聞いてくれたのが一番大きかったかな」
「……アンドレさん? 師団長の部下の人?」
「そう、いい人なの…」
なぜかリーゼは頬を少し赤らめている。