第29章 カモミールの庭で
「そうだ、注文しないとね!」
リーゼが給仕を呼ぶ。
「紅茶でいい?」
うなずくマヤを見て、てきぱきと紅茶を二杯注文した。
「さてと」
リーゼはぐいっと身を乗り出す。
「よく来てくれたね。会えて嬉しい」
「私もよ、リーゼ」
「どう? 調査兵団は。私の方は毎日同じことの繰り返しで嫌になっちゃう」
「街の巡回?」
「それが一番多いかな。書類仕事も結構あったりするけどね。治安の維持とかいっても、日常の犯罪を取り締まるくらいなんだ。本当にヤバい事件は王政直轄の中央憲兵が扱うから、うちらには関係ないし」
「……そうなんだ」
「うん、新兵のころはヤル気しかなかったけどさ…。先輩は朝っぱらから部屋にこもってカードゲームで賭博三昧、飲酒喫煙やり放題だし」
「えっ! 嘘でしょう?」
「私も最初は自分の目を疑ったよ」
そう言ってリーゼは、その青い湖のような綺麗な瞳を指さした。
「それで私ら後輩に仕事を押しつけるし、たまに警ら隊でめずらしく一緒にまわったと思ったら職権濫用しまくりだし、ああはなりたくないと思ってるんだけど…」
最初は鼻息荒く先輩憲兵の職務怠慢を話していたリーゼだったが、その勢いがみるみるうちになくなっていく。
「……私だって大して変わらないよね」
「そんなこと…」
“そんなことないよ” とマヤは言いかけたが、ここでいい加減な慰め言葉をかけることは、友達としてよくないと考え直した。
「お待たせしました」
ちょうど注文した紅茶が運ばれてきて、しばし沈黙。カチャカチャとティーカップをテーブルに置く音が、やけに耳に響く。
少しばかり気まずい空気をなんとかしたくて、マヤは努めて明るい声でティーカップを手に取った。
「再会を祝して乾杯!」
「乾杯!」
紅茶をひとくちすすってから、リーゼは笑った。
「紅茶で乾杯したの初めて」
「ふふ」
微笑んだマヤはカップを静かにソーサーに置くと、真正面からリーゼを見つめた。
「私は今のリーゼの仕事ぶりを知らないから、いい加減なことは言えない。でもリーゼなら与えられた境遇で精一杯やっていると信じてる」
そのまなざしも言葉も痛いくらいにまっすぐで、リーゼにはまぶしい。
「……さすが命を懸けている調査兵は違うよ、マヤ…」