第29章 カモミールの庭で
「ほらメリー、見てごらん」
ページを繰る祖母の手は、その皺の分だけ慈愛に満ちていた。
「ザックは優しい子だったんだね」
「えぇ、そうよ。気の弱いところもあったけど、優しいいい子だったわ」
メリーは顔を上げて、スケッチブックを覗きこんだ。
「ほんとあの子らしい…」
「いいデッサンだね」
ザックの絵を見ている二人の顔はおだやかだ。
その様子にマヤは、
……きっと素敵な絵なんだろうな…。
と思って、あまりじろじろ見るのも失礼にあたるし、テーブルの上のティーカップのあたりに視線を落としていた。
ページを繰る音と、メリーと祖母の絵を褒める声が順調に聞こえていたが、ハッと息をのむ音がして。
強い視線も感じてマヤが顔を上げると、メリーと祖母が二人ともこちらを見ている。
………?
「マヤさん… だったかしら?」
「はい」
「調査兵になるなんてとずっと思っていました。訓練と戦いに明け暮れる毎日だなんて…と。でも…、やすらぎもあった」
もう泣きやんでいるメリーが、スケッチブックをマヤに見えるように差し出した。
「あ…」
マヤは思わず声が漏れた。隣のリヴァイも息をのむ。
スケッチブックの白いページに優しいタッチで描かれていたのは、まさしく今それを見つめているマヤだった。
基本的に鉛筆の細い線で輪郭が描かれていて、濃淡で髪の豊かさも、瞳の輝きも見事に表現されていた。
「……マヤさんがいたから、きっとあの子は戦いの日々も乗り越えられたのね」
しみじみとつぶやいて、次々とページを繰るメリー。
どのページにも、マヤがいる。
正面を向いてこちらと視線が合うデッサンは一枚もない。
仲間と談笑しているであろうマヤの横顔。訓練だろうか、真剣なまなざしのマヤ。汗を流したあとに洗顔してタオルで顔を拭いているマヤ。空を見上げて微笑んでいるマヤ。食事の前にきちんと手を合わせているマヤ。
「私…、あの… ごめんなさい…、知らなくて…」
今度こそ本当に、何を言えばいいのかわからない。
ザックが絵を描くことも知らなかった。ましてや自分をこんなにもデッサンしていたなんて。