第29章 カモミールの庭で
「ええ、ヘンリーは優しい子でした。私をひとり残して街を出ることは気にしていたけれど、私が背中を押したのよ。あの子には正しいことをしてほしかったから」
“正しいこと”
そのひとことで、マヤの気持ちが救われる。
テレーズの街に足を踏み入れてから、悪意の視線が痛かった。
……私たちを、調査兵を…、正しいと認めてくれる人がいる。
「……ヘンリーは仰るとおりに優しいやつだった…。彼の優しさで救われた者が大勢います」
「そうですか、それは何よりも嬉しい言葉です…」
「ヘンリーは倒れたが…、彼が継いだ想いを俺たちが必ずつないでいきます」
「あぁ、そうしてください…。正しいことを多くの人に知ってもらうために自らの命や人生を犠牲にしても、そしてそれが、すぐには結果が出なくても、決して無駄ではないとヘンリーは信じていたんだから。そうやって継いでいく限り、あの子は死なない。生きているんです…」
ヘンリーの遺品の包みを、ぎゅっと抱きしめて。もう最後の方はリヴァイとマヤにではなく、自分自身に向けて言い聞かせるように。
ヘンリーの家を出てオリオンとアルテミスのもとへ戻りながら、マヤは口をひらいた。
「ヘンリーさんのおばあ様… 優しい方でしたね」
「そうだな。ヘンリーと同じ目をしていた」
「訊いてもいいですか? 兵長がヘンリーさんに世話になったというのは…?」
「……俺は地下街の仲間だったファーランとイザベルとともに調査兵団に入団した。俺たちは兵団には馴染めなかったし、馴染む気も俺には全くなかったんだが…、イザベルはそうでもなかったみたいでな…。クソメガネの菓子につられやがって…」
リヴァイは少し苦しそうな… それでいて懐かしむような声を出す。
「菓子をくれたハンジに気を許したイザベルはまだガキだったからな、ハンジ以外のやつらにも同じ気持ちを持ち始めた。だがそんな甘くはねぇ。俺たちが兵団のなかで、浮いた存在であることに変わりはなかった。だがヘンリーだけはイザベルに優しくしていた。イザベルの乗馬も真っ先に褒めてくれたし菓子もハンジと同じくれぇ何度も…」
「……そうだったんですね…」