第29章 カモミールの庭で
「ここだな、ヘンリーの家は…」
街の少し外れに、その家は建っていた。
小さなレンガ造りの家。
「私はここで待っています」
マヤはヘンリーをよくは知らない。
もちろん名前も顔も知っているが、恐らく数回挨拶をしただけの関係だ。
だから家の中にまで入って家族と顔を合わすのは、自分には資格がないと考えたのだ。
「いや、マヤも来い」
「でも…、ヘンリーさんのことをよく知りません、私…。そんな人間がご家族に会うなんて…」
「ヘンリーはマヤを知っていたさ」
「……え?」
「あいつはそういうやつだった。兵団の者なら誰でも、どんなやつにでも心を配っていた。よく知らないと言っても、顔は浮かぶだろう?」
「はい。いつも優しい笑顔でした」
「それで充分だ」
「……わかりました」
うなずくマヤを見てからリヴァイは、玄関に取り付けられているドアノッカーを叩こうとした。
ちょうどそのとき…。
「うちにいらしたということは、うちの子が…」
弱々しい女性の声が背後からする。
振り向けばきちんとした身なりの年配の女性が、買い物帰りらしいいでたちで立っていた。右手からさげている大きな藁の買い物かごからは夏野菜が顔を出している。
「ジャクソンさん…?」
「ええ、そうよ。あなたは調査兵団の… リヴァイ兵士長ね。新聞でお見かけしました。さぁ、どうぞ」
その女性はリヴァイに何の用かも訊かずに、すぐに二人を家に招き入れた。
小さな家ゆえに、数歩で居間らしき部屋に到着した。
「紅茶を淹れますので、ここでお待ちください」
「あ…」
マヤが “お気遣いなく” と言おうとしたときにはもう、女性は奥に消えていた。
「……淹れてくれた紅茶を飲むのも礼儀だ」
「そうですね…」
部屋には来客用ではないとひと目でわかる、くたびれた布製のソファとテーブルがある。
座って待つのも気が引けて、リヴァイとマヤは壁に飾られている小さな額縁を眺めるために近くに寄った。
「兵長、これ…」
「あぁ」
二人が絵だと思った額縁の中身は、新聞の切り抜きだった。