第29章 カモミールの庭で
「了解です」
心がすっかり晴れたマヤは、やりかけの書類を片づけるために、ソファにきちんと座り直した。
それを見てリヴァイも、心置きなく二日ものあいだ執務から離れても大丈夫なように、目の前の書類の山に取りかかる。
しばらく執務室にはペンの音と書類をめくる音だけが響いた。
テレーズの街は調査兵には冷たかった。
石が飛んでくることはなかったが、住民の態度はそれに近いものだった。
早朝より馬を飛ばして6時間。ヘンリーの家を捜して街の通りを歩いていると、建物の陰からこちらを盗み見しているのが感じられて居心地が悪い。
ならんで歩くリヴァイとマヤに直接文句を言ってくる強者はいなかったが、それでもコソコソとささやき合う陰口が風に乗って。
“なんの用だろうね?”
“どうせ誰かが巨人に食われたんだろうよ”
“全く税金の無駄さ、調査兵団ってのは”
「……兵長…」
「言わせておけ」
わかっている。
人々のこのような反応はいつだって。
頭では理解していても、やはり直面すれば精神的にきついものだ。
それにマヤは自身のことよりも気がかりなことが。
「アルテミスとオリオンは大丈夫でしょうか…?」
テレーズの街に入るときに、二頭の馬は大きな枝葉を広げた樹の下につないできたのだ。
初めて入る街で勝手がわからないので、とりあえずは様子見ということで、いきなり馬で入るのは遠慮したのだ。
「私たちの… 調査兵の馬だとわかって酷い目に遭わされないかしら…」
マヤの心配をリヴァイは笑い飛ばした。
「ハッ、オリオンがやすやすとやられると思うのか。アルテミスは心配しなくてもいい、オリオンが守るからな」
「あぁ…、そうですね」
オリオンの威風堂々とした立ち姿が浮かんできて、マヤは途端に安堵した。
……確かにオリオンがいじめられる訳がないわ。
そう思うと、街の人の冷たい視線も気にならなくなった。