第29章 カモミールの庭で
マヤは口をひらきかけたが、そっと閉じた。リヴァイの声が先だったからだ。
「今の…、ハンジが言ったことはすべて気にするな」
「……え?」
「俺がマヤの親御さんに会いてぇのは… 責任を感じてるからじゃねぇ」
リヴァイはそこで言葉を切った。
美しい形の細い眉の曲線が、少し揺れている。自身の想いを伝えるのにもっともふさわしい正直な言葉を、慎重に選んでいるように見えた。
「いや、責任がない訳じゃねぇんだ。責任はあるが義務のように感じている訳ではない。俺がそうしたいからそうするだけだ。それに…、クロルバに行くのはそれだけじゃねぇ。マヤが言ってくれただろ? 地下街を見てみたいと…」
「はい…」
「俺も同じだ。マヤの生まれ育った街に行ってみてぇ。それに紅茶バカの親父さんにも会ってみてぇしな…」
「兵長…」
……そうか、そうだったんだわ。それなら私にもわかる。
兵長の故郷の地下街に心から行ってみたいもの。
大好きな兵長が生まれて、育った街。たくさんの想い出が詰まったところ、幸せな想い出も悲しい想い出も全部。それらを見て、知って、感じたい。
それにもう亡くなっているから叶わないけれど、お母様にだってお会いしたかった。
……兵長も私と同じ気持ちでいてくれている。
マヤはそのことが嬉しくて、胸がいっぱいになった。
「マヤ…?」
瞳をうるうるとさせながら何も言わずにいるマヤのことが気がかりで、リヴァイの声はめずらしく、かすかに震えている。
「……大丈夫か?」
「……大丈夫です。私、一緒に行くのはやめると言うところでした。でも…」
顔を上げてリヴァイをまっすぐに見つめる。
「兵長のお気持ちを聞いて、やっぱり一緒に行きたいと思いました。クロルバを見てください! 私の大好きな街。いっぱい案内しますね。うちの紅茶屋もマリウスの実家のディーン商会も、私が通った学校も。あっそうだ、故郷の丘も…!」
「あぁ、楽しみにしている」
「はい…!」
もうマヤが感じていた気まずさは、執務室にはどこにもない。
「よし、じゃあ明日は朝が早ぇし、きりのいいところで今日は終わりにしよう」