第29章 カモミールの庭で
「モブリットもリヴァイとマヤを冷やかしにきたのかい?」
「はい? 何を言ってるんですか。便所に行ったきり帰ってこないから捜したんですよ? こうやってさぼってばかりいるから執務が溜まるんだ。早く仕事して…」
ハンジを叱りつけていたモブリットだったが、ふっとこの部屋の主に挨拶すらしていないことに気づいた。そしてその主… リヴァイの方をうかがえば、とんでもなく顔色が悪い。
……うわぁ…。また分隊長が何かやらかしたか…。
「兵長… 失礼しました。もしかして分隊長が何かご迷惑を…?」
「あぁ、そのもしかしてだ。今すぐ連れて帰ってくれ」
「了解。さぁ、帰りますよ!」
モブリットがハンジの腕を掴んで、有無を言わせず扉の方へずるずると引っ張っていく。
「ちょっと何するんだ、モブリット! 人をモノみたいに…!」
「はぁ…。分隊長がモノだったらどれだけ楽か!」
「なんだって!」
ばたん! と扉が閉まる。
ぎゃーぎゃーと喚きながら、ハンジはモブリットに引きずられて退室した。
「……ったく…」
ようやく静かになった執務室で、リヴァイの苦々しいため息が漏れた。
「……で?」
早くもう一人の闖入者ミケにも出ていってもらいたくて、じろりと冷ややかにねめつける。
「………」
リヴァイの視線の矢をあえて受け止めてミケは、黙って扉へ向かった。
「あ…」
扉に手をかけたが、思い出したかのように振り返る。
「マヤ、さっきアーチボルドがザックの遺品を届けに来たからあとで取りに来い」
「わかりました」
ばたんと今度は、比較的静かに閉まる扉。
そして執務室は、またリヴァイとマヤの二人だけになる。
……気まずい…。
マヤは顔を上げられない。
もう明日の遺族訪問も、独りで行きたい。
……兵長がどんなつもりかわからないけど、責任なんか感じてほしくないもの。
うん、そうよ。
言おう、“明日は別々に行きましょう” と。