第29章 カモミールの庭で
「うん、さっき便所に行こうと廊下に出たらミケにちょうど出くわしたから訊いてみたんだ。“エリー城では夜の見張り番お疲れだったね! 確か屋上でマヤと組んでたんだよねぇ? どう? 見張り中リヴァイの匂いはしたかい?” ってね」
「………」
眉間に皺を寄せて黙っているリヴァイをちらりと見て、ハンジは機嫌良く話をつづける。
「なんで見張りの任務じゃないリヴァイの匂いが深夜の屋上でしたんだろうねぇ? それも朝までマヤの匂いと一緒に混じり合ってさ。もうムフフな妄想が止まらないよ! だから居ても立ってもいられなくなってミケにくっついて来てみた訳」
そしてもう一度マヤを振り返る。
「可愛いマヤの顔も見たかったしね!」
ハンジとばっちり目が合ったマヤは、もうどうしていいかわからず曖昧に苦笑いをしている。
「いやもうホント、二人に何が起こったのか気になるなぁ! 私が想像するに兵舎から遠く離れた月夜の古城、しんと静まりかえった石造りの塔の上で二人きり…、見つめ合う瞳、一秒ごとに近づく…」
ぺらぺらと情景を語り始めたハンジの声を、リヴァイは強引に遮った。
「くだらねぇ妄想話につきあっている暇なんかねぇんだ。とっとと出ていけ!」
「おぉ怖!」
リヴァイのあまりの剣幕に肩をすくめてみせたハンジだったが、ふっと机上の書類に視線が行く。
「……あれ?」
さっと手を伸ばし、その書類を取り上げる。
「おい!」
怒るリヴァイに奪い返されないように執務机から一歩離れる。
「へぇ~、確かこのメトラッハ村とテレーズは近かったよね。へぇ~、メトラッハ村はマヤ、テレーズはリヴァイが行くんだ。本当はラドクリフが行くはずだったのにリヴァイが行くんだ。へぇ~」
わざとへぇへぇ言いながら、ハンジは意味ありげにリヴァイとマヤの顔を見比べていたが、急に “あっ” と何かに気づいた。そして一歩離れていた執務机にぐいっと寄ると、先ほど提出したミケの書類を手に取る。
「やっぱり! マヤ、休みを取るんだね?」