第29章 カモミールの庭で
さらさらとリヴァイはその白い手を動かして、書類の訂正をすぐにおこなう。
「……さて」
細身の万年筆を置くと、マヤに訊いてきた。
「明日は5時出発か、それとも4時か…?」
「えっと、そうですね…。まだはっきり決めてないけど、10時くらいに出ようかと思っています」
「……10時だと? 遅くねぇか?」
怪訝そうに眉を寄せるリヴァイ。
それもそのはず、ザックの故郷のメトラッハ村は兵舎から馬を飛ばして6時間ほど。
早朝に出立して昼前に着き、任務を終えてからとんぼ返りで夜に帰舎という行程が通常だ。10時に出れば到着が夕方の4時過ぎ、遺族と面会する任務やその他休憩の時間に1~2時間かかったとして、帰舎の日付が変わってしまう恐れがある。門限がある訳ではないので深夜に帰舎してもかまわないのではあるが、それは慣例ではない。
真面目なマヤが好んで慣例に従わないなんてありえない。
そんなリヴァイの疑念は、すぐに取り払われた。
「実はあさってに調整日を頂きまして…。ザックのご家族に会ったあとはクロルバの実家に帰って泊まる予定なんです」
マヤの故郷のクロルバ区は、メトラッハ村より兵舎に1時間ほど近い場所に位置している。
「だからちょっとゆっくり出ようかなと思って…。もちろんそういうのでないときは…、あっ、たとえばこのあいだのマリウスの家に行ったときなんかは朝の5時半には出ましたよ?」
「そういうことか…」
リヴァイは手許の遺族訪問の予定表に目を落として、何かを思案している様子だ。
「6時に出るぞ。正門を出たところでアルテミスと待て」
「……え? なんで?」
マヤは訳がわからず、訊き返してしまった。
「ヘンリーの故郷はテレーズだ」
「あっ、そうなんですか…」
クロルバ区出身のマヤは、メトラッハ村もテレーズも大体どのあたりにあるか把握している。もちろんメトラッハ村とテレーズが15分くらいあれば行き来できる距離にあることも。
「あぁ、だから一緒にまわろう。最初は一番遠いテレーズへ行く。次にメトラッハ村、最後にクロルバ区だ」
「……わかりました…」
マヤは返事をしながら考えている。
……んん?
兵長もクロルバに来るのかしら…?