第29章 カモミールの庭で
あえて視線を外していたマヤだが、すっと真剣な顔になってリヴァイをまっすぐに見つめ返した。
「はい、聞いています」
前回の壁外調査の前夜にマヤとザック、そしてリヴァイは三人だけしか知らない出来事を共有している。
そのザックが亡くなったからには、リヴァイも話題にせずにはいられなかったのだ。
「……残念だ」
心から絞り出すように苦しい声でリヴァイはつぶやく。
「はい…」
マヤも胸が締めつけられる。
同期だったザック。好意を寄せてくれたザック。家を継ぐと胸を張っていたザック。
……しっかりと弔わないと。それがザックへの誠意だわ。
「兵長、明日は執務のお手伝いには来られません。ザックの家には私が行くことになりました」
「……そうか…、マヤがザックの遺品を…」
リヴァイがマヤの言葉をゆっくりと反すうしているところへ、ラドクリフが元気よく入室してきた。
「失礼しますぜ…。おっ、マヤ。明日はよろしく頼むな!」
ソファに腰かけているマヤを見つけるなり、森のくまさんのような真ん丸の顔をほころばせる。
「了解です」
力強くうなずくマヤに、うんうんとうなずき返すと、リヴァイの前までずんずん歩いた。
「リヴァイ、調整がつかなくてヘンリーの街には俺が行こうと思っている」
そう言いながら差し出したのは、明日におこなわれる遺族訪問の予定表。亡くなった兵士の名前に故郷の所在地、遺品を届ける兵士の名前などが記載されている。
黙って受け取ったリヴァイは、静かに書類に目を通していたが。
「ヘンリーの家には俺が行く」
「へ?」
まさかリヴァイが代行を申し出るとは思ってもみなかったラドクリフは、素っ頓狂な声を出した。
「あいつには俺が兵団に入ってすぐのころに世話になったからな…」
「そうだったのか」
「あぁ。これは俺が訂正しておく」
「それは助かる! じゃあ頼んだぜ?」
書類の作成が苦手なラドクリフは、鼻歌でも歌い出しそうな勢いで出ていった。