第29章 カモミールの庭で
「……これだな。いくぞ?」
「はい」
「……王都の王立劇場で、とある歌劇が開幕した。幕が上がったときは一人しかいなかった観客が、1分過ぎるごとに2倍のペースで増えていき、ちょうど10分後に王立劇場は満席になった。観客が劇場の座席の半分を占めたのは、開幕開始から何分後か?」
「えっと…、最初は一人だった観客は1分後に倍の二人、さらに1分後には四人… ってことですよね?」
「そういうことだろうな。半分なんだから5分という訳ではなさそうだ」
「そうですね…」
マヤは人さし指と中指で両こめかみをグイグイと押していたが、ふと止まった。
「あっ! なんだ、単純」
「わかったのか?」
「はい。全座席の半分の2倍が… 満席。9分後の時点で半分の座席が埋まって、そしてさらに1分後の10分後に倍に増えて満席です。だから答えは9分後」
「確かにそうなるな」
ミケがちらりとマヤの顔をうかがえば、問題を解くことに夢中になったマヤは、つい今しがたまで気にしていたミケの様子のことなど忘れたように見える。
……良かった。
ミケが胸を撫で下ろしているところへ、マヤの楽しそうな声はまだつづく。
「……1分後に2人、2分後に4人、3分後に8人…」
どうやら正確な観客数を数えているらしい。
「……8分後に256人、9分後に512人、10分後に1024人! 王立劇場は1000人も入るんですね!」
「あはは、そこが気になるか」
目を輝かせているマヤを微笑ましく思いながらも、ミケは冷静な意見を述べる。
「これはあくまでも “頭の体操” の問題だから、実際の王立劇場とは違うんじゃないか?」
「そうなのかな? 分隊長は王都の劇場に行ったことがありますか?」
「いや、ない。前を通りかかったことはあるがな。確かにかなり大きな劇場ではあるが…」
「じゃあ1000人くらい入るのでは? すごいなぁ、行ってみたいです」
「劇場に入れるかどうかは知らんが、前を通ることはできるんじゃないか? 次に王都に行ったときにでも」
「そうですね。時間があったらそうします」
マヤはまだ見ぬ王立劇場に心躍らされて、にっこりと笑みを浮かべた。