第29章 カモミールの庭で
あの夜は見張りを始めてからしばらくすると、急速に夜霧がエリー城を包んだ。
高い尖塔で独り。さぞかし孤独で不安な気持ちであったろうと心配になるが、リヴァイがそばにいたのなら余計なお世話、要らぬ心配だったということ。
闇と霧にまぎれて、俺の目を避けるようにこっそりと尖塔に上ったリヴァイは、結局朝になるまで下りてこなかった。
………。
ある考え、疑問、好奇心が頭をよぎるが、言葉にはしたくない。
それは “二人きりの他に誰もいない尖塔で、何をしていたのだろうか” ということ。
……あのリヴァイが気持ちを制御できずに、夜警任務中のマヤに逢いに行ったんだ。
何もなかったはずはない。恐らく…。
「……フン!」
無意識のうちにミケは鼻を鳴らした。とてつもなく不機嫌そうな音が執務室に響いた。
「……分隊長?」
自身が淹れた紅茶を飲んでいたマヤは、ミケの鼻音がただならぬ雰囲気だったので少々驚く。
「どうされました?」
先ほどのリヴァイと一緒にいた話うんぬんで頬を染めているマヤ。香り高い紅茶の湯気をまといながら、まっすぐに見つめてくる琥珀色の瞳が直視できないほどに美しい。
……こんなに純粋で綺麗なマヤが、リヴァイと夜の霧にまぎれて何かあったなど考えたくもない。
いやでも…。
俺はすでに知っているんだ。
夜霧が朝焼けとともに晴れていき、太陽が顔を出して新しい一日の始まりを告げ、そして尖塔の扉がひらいてマヤとリヴァイが姿を現した瞬間に。
自身のたぐい稀なる特技というか性質というか、とにかく非常にめずらしいこの嗅覚が恨めしい。
なぜなら、あの瞬間にわかってしまった。
リヴァイとマヤに何かが起こったことを。
二人を包んでいる空気の匂いで、マヤの髪から香るリヴァイの匂いで、すべてを察してしまった。
リヴァイがマヤの初めての…。
……いや、むしろ当然だろう。遅すぎたくらいだ。
つきあい始めたとマヤが恥ずかしそうにしていたあの日の翌日にでも…、いや当日でもいい。リヴァイは強引にマヤを抱きすくめて、くちびるを奪ってもいいくらいなんだ。
やっと手に入れたんだから。