第13章 さやかな月の夜に
そのまま二人は何事もなかったかのように静かに酒を飲んでいたが、エルヴィンが怪訝そうな顔をする。
「そういえば… あれは一体なんだったんだ?」
視線を投げてよこしたミケに、エルヴィンは率直に訊く。
「マヤがリヴァイに何か言いたげにして泣いただろ?」
「あぁ、あれは…」
ミケはかいつまんで説明した。
……マヤの淹れる紅茶を飲みに、リヴァイが毎日執務室に顔を出すようになったこと。
こっそりとうかがえば、リヴァイはマヤの顔ばかり盗み見していること。
ある日を境にぱったりと顔を見せなくなったこと。
マヤの話によれば、どうやらあからさまに彼女を避けているらしいこと……。
話の途中から笑いを押し殺していたエルヴィンだったが、ミケがすべて話し終えるとついには豪快に笑い飛ばした。
「相変わらずわかりやすい男だな、リヴァイは…」
「だろ」
ひとしきり笑ったあとにエルヴィンは、急に真顔になった。
「そしてお前は、リヴァイに譲る気でいる訳か」
ミケも真顔で返す。
「譲るも何も、彼女は俺のものでもなんでもない」
「……それはそうだがな。でも… 今日のあの感じだとマヤはお前のことを慕っているようにも思えるが」
「……分隊長として慕われるのと、“恋” とは違う」
ミケは淋しそうに笑った。
「……そうか」
「……そうさ」
エルヴィンは隣に座る心ばえの優しい大男を温かい目でしばし眺めていたが、そっと肩に手を置いた。
「今日は、とことん飲むか」
「あぁ」
カラン…とグラスの中の氷が音を立てた。
それぞれの想いを胸に静かに更けていく長い夜は、始まったばかりだった。