第13章 さやかな月の夜に
先ほどからリヴァイはベッドに腰をかけ、うつむいている。
その手には白いハンカチが握られていた。
窓からはさやけし月光が降りそそぎ、リヴァイを青白く染めている。
リヴァイはその青白い指で、自身の右の頬にゆっくりとふれた。
……兵長 ……あなたのことが… わかりません…。
あのときに頬にふれたマヤの手から伝わってきたのは、彼女のかき乱された心の叫び。
……どうして 休憩の時間に来なくなったのですか…。
その美しい顔が、ふいにゆがむ。
……兵長… どうして…。
俺の目の前で、みるみるうちにマヤの瞳からは涙があふれていく。その白い頬をはらはらと伝う雫は朝露の如く煌めいている。
……兵長… どうして…。
何故、お前が泣く。
……あなたのことが… わかりません…。
俺もお前がわからない。
手の中のハンカチはとうに乾いている。
あのとき… 酒で濡れたマヤの胸元に押し当てられた白いハンカチ。
見るとはなしに見てしまったマヤの胸元は、思いのほか豊満だった。普段に目にしている兵服姿では、そこは立体機動装置のベルトで締めつけられている。しかし初めて至近距離で目にしたベルトのない状態では大きくやわらかそうに揺れていた。
……クッ…。
リヴァイは無意識のうちに手のハンカチを鼻先へ押し当てた。
ツンと芳ばしいエールの残り香が鼻を抜けた。目を閉じさらに深く吸いこむと、リヴァイの鼻こうをかすかにくすぐる甘酸っぱい匂い。
その甘酸っぱい匂いが自身の肉体の隅々にまで行き渡る感覚に襲われる。
大きな瞳からぽろぽろとこぼれ落ちていた涙が、ハンカチを押し当てるたびにやわらかく弾んでいた胸元の映像と共に、統一性のない記憶のかけらとなって押し寄せる。
……兵長… どうして…。
マヤの掠れた涙声も頭の中でこだまして、リヴァイは制御できない感情に押しつぶされそうになり顔をしかめた。
気づけば下半身には、ありえないほどの熱が集まってしまっている。
……チッ…。
リヴァイはそのまま上半身をゆっくりとベッドに沈め、マヤの残り香を貪るようにハンカチを嗅ぎつづけた。
青白い光を放ちつづけていた月はいつしか雲に覆われ、リヴァイの部屋は急速に薄暗い夜の闇に吸いこまれていった。