第29章 カモミールの庭で
……ザック!?
アーチボルドの話を黙って聞いていたマヤの衝撃は大きい。
壁外調査で亡くなった者がいる場合、同じ分隊に所属している場合だと割合すぐに誰だったか知れる。しかし違う分隊だった場合は、人づてにその名が伝わってくるので伝達スピードにばらつきがあるのだ。
すぐに知れる場合もあるにはあるが、大概は数日経ってから。
したがってザックの場合も、違う分隊のマヤの耳には “第三分隊から犠牲者が数名出た” としか入っていなかった。
……今月末で退団すると言っていたのに…!
相当のショックを受けたマヤはしばらくのあいだ自分の思念にとらわれてしまって、アーチボルドがミケとの話をつけて退室したのにも気づかなかった。
「マヤ」
ミケの最初の呼びかけにも反応しない。
「マヤ!」
「はい…!」
やっとミケに名を呼ばれていることに気づく。
「聞いていたとおりだ。明日行ってくれ。クロルバ区に近いから… 調整日を取って実家に帰ってもいいが…?」
「あっ…」
……そういえばしばらく帰っていない。
いや違う。
帰ってはいる、マリウスが亡くなったときだ。
しかしあのときは実家には一瞬顔を見せただけで、長時間は滞在しなかった。なぜならば両親の優しさにひたってしまえば、きっと涙を止めることができなかった。
あのときは、ややもすれば泣き崩れてしまいそうだった。勇敢に散っていったマリウスのためにも、自我を失う訳にはいかなかった。
同期はすでに、たくさん死んだ。
クレアもアンネもマリウスも。同じ西方訓練兵団出身の者も、東方訓練兵団、南方訓練兵団、北方訓練兵団出身の者も。
そしてザックも。
実家の店を継ぐと言っていたザック。あと数日で退団だったのに。
やはり誰もが調査兵団に在籍している限り、明日をも知れぬ身。
いつ亡くなって、親の顔を二度と見ることができなくなるかなどわからないのだ。
……今度はゆっくりと顔を見たい。
無性に両親のぬくもりが恋しくなって、マヤはうなずいた。
「分隊長。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」